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ロシアで日本語を教えた最初の日本人って 江戸時代の日本からの漂流者だったそう...

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ID非公開さん

2011/10/2404:57:01

ロシアで日本語を教えた最初の日本人って
江戸時代の日本からの漂流者だったそうです・・。
【伝兵衛(でんべえ)】さん
で「江戸時代中期」 名字(苗字)は不明。
大坂谷町の質屋の息子だったそうです。

「大阪の伝兵衛は、記録に残る最初の日本人漂流民」(?)

「ロシアの正教徒」になったということ事実上正式にロシア人に国籍が
変わったということでしょうか?


以下は参考文です。

まだ当時は日本は鎖国の状態でどこの国とも
国交を開いていなかったわけです。
江戸時代は漂流の時代でもありました。商品経済が発達し、海上輸送が発達しました。
鎖国のため外洋航海の船の建造が禁止されていたため
特に冬季は季節風による海難事故が多かったそうです。
ロシア人がオホーツク海、太平洋に到達した時でもあり、北の隣国の出現でした。
【そのとき重要な役割を果たしたのが漂流民です。】

当時のロシア皇帝(ツァーリ)
(初代ロシア皇帝でよろしかったのでしょうか?)
だったピョートル一世との出会いです。
伝兵衛の話はピョートル一世に交易相手国としての日本に興昧を抱かせるからです。
以来、ロシアは開国の扉をたたき続けるようになったそうです。
伝兵衛の業績として
(1)ロシアの東方経営に影響
(2)最初の日本語教師
(3)日本人初のロシア正教徒
(4)大阪方言の日本語を残す、十七世紀の大阪方言の研究上貴重な資料
(5)自筆の文字で出自に関する情報を残す(一九七〇年の万国博覧会のソ連館の展示品
などを挙げることができます。
伝兵衛の住居のあった場所の特定などは、今後の調査を待たなければなりませんが、
まだ正式な市民レベルの研究会はありません。
日露文化交流における伝兵衛の位置の大きさからして
その業績を語り継ぎ、顕彰する必要があるのではないでしょうか」

伝兵衛友の会(大阪市) 生田美智子氏(大阪外語大教授)
からの参考文より。

参考までに「【伝兵衛(でんべえ)】さんの署名した文書」を
掲載します。

補足回答有難うございます。
伝兵衛さんの苗字が分からない(ない)のは武士階級でない
「商人」に苗字はなくて当たり前ですよね。
余談ですが(初代)ロシア皇帝のピョートル一世は2Mを超える大男の
職人皇帝(?)だったそうです。
船大工から花火師まで14もの手仕事を習得していて外科医&歯科医でも
あったそうです。側近の歯も治療されていたそうです。
なので同じ職人(気質?)の伝兵衛さんのよき理解者
になりえたのかもしれませんね。

伝兵衛,でんべえ,ピョートル一世,生田美智子,江戸時代,大黒屋光太夫,ロシア正教会

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回答数:
2

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ベストアンサーに選ばれた回答

it_********さん

2011/10/2410:33:05

国籍、などと言う概念が当時あったかどうか疑問。
国民と言う概念なら、秦の時代からあったそうだが・・・

井上靖の『おろしや国酔夢譚』に、別の漂流民
大黒屋光太夫の物語が記されており、映画化もされた。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

air********さん

2011/10/2410:12:52

単に、ロシア正教会に属する正教徒になったと言うだけの話だから、国籍を変える必要はないのでは。

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