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徒然草の一節だったでしょうか… 『外相ととのえば、かならず内証熟す。強いて不...

u6d********さん

2011/11/2404:07:45

徒然草の一節だったでしょうか…

『外相ととのえば、かならず内証熟す。強いて不平を言うべからず。仰ぎて是を尊むべし』

とか。

前半はわかる気がしますが、その前半と「強いて不平を…」からの意味の繋がり がよくわかりません。また、最後の文の「是」は、「外相がととの」うことを指すのですよね?

ご教示ください。

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nid********さん

2011/11/2407:15:21

『徒然草』157段より

事・理もとより二つならず。外相もし背かざれば、内証必ず熟す。強いて不信を言ふべからず。仰ぎてこれを尊むべし。


事象と真理というものは、初めから二つの別々のものではない。外見の相や言葉が道理に反していなければ、必ず自己の内面も悟りに向かって成熟していく。無理に不信を言い立てる必要はない。外見だけでも良いので、仏を仰ぎ見て尊重していれば良いのである。


「外相(がいそう)」は外に現れた心、句意のことです。それが間違っていなければ、必ず心の内面も整って悟りに近づきます。その意味で、前文の「事・理もとより二つならず」であって、一つであるというのでしょう。

質問した人からのコメント

2011/11/24 11:15:48

降参 ありがとうございました

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