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関ヶ原の戦いでは、豊臣家は中立の立場ですが、ひとつ納得できないのが片桐且元。...

spa********さん

2012/2/123:51:58

関ヶ原の戦いでは、豊臣家は中立の立場ですが、ひとつ納得できないのが片桐且元。豊臣秀頼の代弁者とも言える片桐且元は中立だと思ってましたが、大津城を攻めたとかで。大津城攻めは本当なので

しょうか。だとすると豊臣は西軍ということになってしまうのでは?

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crc********さん

2012/2/200:10:07

正確には弟の片桐貞隆を大津城攻めに派遣する形で西軍に加担しました。
同時に長男の片桐孝利を家康に人質に出すことで西軍への加担が本意でないことを弁明しています。

彼自身1万石程度の小大名ですし、五大老三奉行がいた段階では政治的権限は何も持っていないので、西軍に加わるように迫る圧力に抗しきれなかったのでしょうね。

質問した人からのコメント

2012/2/2 00:35:19

ありがとうございます!
むっちゃすっきりしました!
当時の大坂城内部の様子を想像しました!

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