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伊邪那岐命や天照大神や速須佐之男命について質問です?

asa********さん

2012/4/1500:17:27

伊邪那岐命や天照大神や速須佐之男命について質問です?


別に変な意味ではなく差別的なことではないのですが
皇室の祖先は朝鮮半島の出身と聞きました
すごく不思議なんですが・・・
日本に渡り神となのり皇室や貴族の元を・・・・なったってということは
もともと高貴な身分だったんですよね
天照大神や伊邪那岐命や建速須佐之男命や月読命や
瓊々杵尊・邇邇芸命や活津彦根命や活津日子根命
なども朝鮮王朝のの血族が同じ親族兄弟?だったんですよね?
どうして朝鮮王朝で活躍しないで日本列島に着たんでしょうか?
そのまま朝鮮王朝で様々な役職をもいらい活躍できたんではないんでしょうか?
大昔の朝鮮王朝の王様や高官たちの反感を買い
追い出さ日本列島にたどり着き
この地を新しく自分たちの手で収めようとおもったんでしょうか?


天照大神や伊邪那岐命などって朝鮮半島の
どこらへんにいたんでしょうか?出身はどこ?


またなぜ日本列島に移動しようとしたんですか?


日本へ渡ってくるのにどのくらい時間がかかったんでしょうか?


天照大神や伊邪那岐命や建速須佐之男命や月読命、
て何をよく食べていたんですか?


朝鮮半島から命からがらわたってきた天照大神や伊邪那岐命には
日本列島はどんな風に感じたんでしょうか?

回答よろしくお願いします

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ama********さん

2012/4/1500:52:18

天皇に限らず、朝鮮半島を起源とするものはたくさんあるみたいですが、ほとんど根拠がないと言って良いと思われます。

天皇については、中国の文献で古代の日本や朝鮮半島の様子を見るとわかります。
例えば、三国志に邪馬台国の女王・卑弥呼が登場します。当時、日本には30くらいの国があり、卑弥呼はそれらの国々を支配していました。魏からは倭王と呼ばれ、金印・紫綬をもらっています。これは3世紀初め頃のことです。

同じ頃、朝鮮半島には、高句麗以外にちゃんとした国家はありませんでした。高句麗も魏から印をもらっていますが、これは銅の印でした。卑弥呼の金印とはかなりの差があります。それだけ、日本の国力が評価されていたからだと考えられます。
高句麗以外に朝鮮半島には国はなく、いわゆる馬韓、辰韓、弁韓の三韓の時代です。

三国志には、その俗、綱紀少なく、国邑に主帥ありといえども、邑落雑居し、善くたがいに制御するあたわず。跪拜の礼なし。居処は草屋土室を作り、形、冢(つか)の如し。

というように書かれています。非常に遅れた社会を連想させます。百済や新羅が建国されるのは、卑弥呼が死んでから100年以上あとになります。
ほとんど部族社会のような朝鮮半島から、多くの国を従える王が存在し、中国とも交流していた日本を支配する集団や個人がやってくると言うのはほとんど考えられないことです。

天照大神や須佐之男命などがいた高天原は、朝鮮半島ではなく、日本だったと考えられます。出雲の国譲りや天孫の日向降臨もそれで説明できます。瓊瓊杵尊の天孫降臨では舟が使われていません。記紀を見る限り、山を越えてやってきた感じです。

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nob********さん

編集あり2012/4/1513:53:02

まず、かなり誤解しているようなので認識を改めてもらうためにお話ししますが、
「皇室の祖先は朝鮮半島出身」
というのは、半分当たりで半分外れです。
日本人は、朝鮮半島、東南アジア地域、中国南部、北方などの各方面からやってきた人々が元になっている
という話を置き替え、拡大解釈していっているにすぎない、ということです。

それではいくつか回答させていただきます。

①皇室の祖先がどこ出身であるにせよ、ある日突然思い立ってやってきたとは限らない。
何世代にもわたって移住を繰り返した結果のことであって、それが誰であるか、など神話以外の記録に残っていないので検証できません。

②日本の皇室が仮に朝鮮半島から移住したとしても、そのころに朝鮮半島に『王朝』は存在しない
よく記紀をご存じのようですが、その『神話』の時代、朝鮮半島には「王朝」は存在しませんので、血族などわかりようがありません。
古代朝鮮半島にはたくさんの「クニ」があったようですが、仮にその中の一つが皇室の祖先だったとしても、後の朝鮮王朝とは関係ないわけです。
従って
>大昔の朝鮮王朝の王様や高官たちの反感を買い追い出さ日本列島にたどり着き
などということはあり得ません。朝鮮半島の「クニ」も、ツングース系の扶余族などが侵略してきて、先住の朝鮮民族を従えていた高句麗や、百済もその系統だと考える研究者もいます。
また、後の日本は百済とは交流が深いようですが、朝鮮半島を統一する新羅とは敵対しています。
その新羅も高麗に滅ぼされたりしてますから、朝鮮王朝とは関係ないと考えられます。

③記紀神話には朝鮮半島に関する挿話がほとんどない
記紀を読まれていればわかるとおり、これは日本の神話であって、朝鮮半島の話ではないと思うことがわかります。
『国産み』『国引き』神話も日本の話ですよね。
一部あるのはアメノヒボコですかね。それも挿話としてあるので、皇室出自との関連性は低いです。
記紀の成立時である奈良時代に渡来人が多く朝廷に出仕したころ書かれた物であるため、その影響があるような気がします。

最後に。
歴史を論ずるのに、神話を鵜呑みにすること自体ナンセンスです。
実在性すら疑われる存在なのですから。
神話から一片の真実を読み取ることが歴史研究なのです。

ika********さん

2012/4/1505:26:14

初代の神武天皇は九州の(いわゆる)倭人です。東へ遠征し、大和国で即位しました。つまり、皇室の起源は現在の奈良県だと言えます。

それより時代を遡った神代については、太古の東アジア広域に無数に存在した倭人の小国家群を少しずつ統合していく際に、世襲制の君主としての権威・実績を積み上げてゆき生じた家系が、皇室の先祖と言えると思います。ただ、成立過程の詳細と、その形成された地理的な位置については、不明です。

不明なだけに、諸説が乱立するのもおかしい事ではありません。朝鮮半島の可能性もあります。なぜなら朝鮮半島の南部もかつては倭人の領域だったからです。しかし忘れてはいけないのは、同じように倭人の領域であった地域は当然日本列島の全体に、無数にあったという事です。四国、淡路島、対馬、九州、北陸、etc・・・・などの倭人の諸地域に、同じように、皇室の祖先となる家系が確固たる地位を発祥させた地が存在する可能性があると言えます。現在の考古学と歴史学の限界により特定できないでいるだけで、現時点でどこか特定の地域だとする論に充分に仮説と言えるだけの根拠があるわけではありません。将来の発見に期待するよりほかありません。

一方で、地理上の問題ではなく、古朝鮮の政治機構の中に存在していた1氏族として皇室の起源を捉える見解についてですが、確かに、可能性が無いわけではありません。しかし、既に大陸視点で「東夷」の中に「倭人」という1区分が存在していたため、倭人の存在をおきざりにして倭国が成立するということは考えにくいという点は押さえておくべきです。したがって、古朝鮮の政治機構を構成する中に倭人系氏族の存在を想定するならば可能性は無きにしもあらずという事です。しかし、そのような状況を示す根拠となる文献や遺物は皆無ですので、それを主張するのは(現状では)荒唐無稽と言わざるを得ません。

また、天照大神や伊邪那岐命や建速須佐之男命や月読命が朝鮮半島から日本列島へ・・・・という方向性でご質問されていますが、必ずしもそうとは言えません。朝鮮半島の史書の三国史記において、新羅の建国にあたり倭人が渡来した事が記述されています。船で自由に往来ができていた地域同士の歴史なので、どちらからどちらに一方通行と考えるのは、不自然な捉え方です。神話の時代においても、強大化した国が領域を拡大し、弱体化した国が侵攻を受けたと考えるのが自然ですし、反乱・分離独立や、併合・連合などはいつの時代にも起きていた現象なのではないでしょうか。

riv********さん

2012/4/1500:46:17

まず天皇の祖先が朝鮮半島出身だったというのは無理な話だと思います。

弥生時代後期が天皇の祖先が支配者になった頃だと思われます。
しかし朝鮮半島にあるその頃の古墳などは日本のそれより新しいものです。
なのでその後の質問には答える意味がありません。

さて、米作はいかにして日本に伝わったかについて。
米作は東アジアにおいて、国の成立、文化の成立に大きな意味を持っていることに異論はないと思うからです。

長らく日本の歴史学者は「米作は朝鮮半島経由で日本に伝来した」といういのが主流でした。
しかし農事学者は「そんなはずはない。稲という熱帯原産の植物が朝鮮北部で栽培できるには早々の時間がかかるは図である。稲作は中国雲南省で発生し海路で日本に伝来したと考えるべきである」と主張していました。
そしてこの意見は現在のDNAなどの分析によりほぼ確定したと思います。(抵抗している歴史学者もいるようですけれども)
どちらが客観的であるかは明白ですよね。

つまり朝鮮半島の稲作は日本経由(九州経由)と考えられます。
なのでクニの成立も日本が早く、朝鮮からいきなり支配者が来ることは考えにくいのです。
戦争の道具としての鉄(製鉄技術)も日本のほうが早かったと思われます。

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