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矢倉が将棋の主流戦法とみなされるようになったのはいつ頃からでしょうか?

aer********さん

2012/5/2210:34:17

矢倉が将棋の主流戦法とみなされるようになったのはいつ頃からでしょうか?

江戸時代は振り飛車が多かったように思います。また関根名人や木村名人の時代は相懸りが多く、あまり矢倉にお目にかかれません(さほど深く勉強しているわけではないのであくまで私的感想ですが)。現代でも採用率はそれほど高くはないでしょうが、矢倉というと「将棋の王道・覇道」「矢倉を指さずんば名人に非ず」「正々堂々矢倉にて雌雄を決せん…承知。異存無し」といったイメージがあります。矢倉がいつ頃から指され始めたか、流行りすたりはあったか等についてレクチャー願えれば有り難し。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kaz********さん

編集あり2012/5/2221:24:43

相矢倉の、がっちりした戦形が一番多かったのは、昭和40年代とか、50年代の、中原―米長の名人戦シリーズあたりではないかと思います。

5筋の歩を突く相がかりから、5筋の歩を突かない腰掛け銀、さらに、玉の囲いの堅い矢倉への変遷は、名著「将棋は歩から」が詳しいかと思います。

最近は、先後同型、たとえば24手組み矢倉では先手が一方的に攻める展開になりやすいので、後手側が避けることが多くなり、相矢倉戦は少なくなったと思います。

質問した人からのコメント

2012/5/27 16:27:50

降参 ありがとうございました。他にも良い回答があったように思いますが、取り消されたようで残念です。「将棋は歩から」は技術書だと思っていましたが、将棋史も記されているとは存じませんでした。

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