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大学の授業で憲法19条の思想・良心の自由を習ったのですが、いまいちこの憲法が所...

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ID非公開さん

2012/6/1322:28:31

大学の授業で憲法19条の思想・良心の自由を習ったのですが、いまいちこの憲法が所轄する範囲がつかめません。ちんぷんかんぷんなので助けてください。

思想・良心の自由が公共の福祉によって制限を受けないのは「殺人だろうがテロだろうが、頭の中で考えている限りは社会に外を及ぼさないからだ」と教わりました。だから私は19条は「頭の中で物事を考えること」を絶対的に保障しているのだろうと勝手に解釈していたのですが、それだと頭の中以外の事は全て19条の範囲から外れてしまい、謝罪広告や日の丸起立問題に19条が持ち出される理屈がわからなくなりました。教科書を読んでもよくわかりません。
憲法19条とはいったい何を保障しているのか、誰か説明をお願いします。
たぶん19条が記述問題としてテストに出ると思うので…。
ちなみに信条説・内心説の理解は知っています。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nek********さん

編集あり2012/6/2010:43:49

頭の中で考えることは絶対的に保障されます。この理解はあっています。問題は、謝りたくないのに謝れ、と強制されたり君が代斉唱の時に立ちたくない、斉唱したくないのに斉唱させられることです。質問者様の例えで言えば、人殺しをしたいのに人殺しを止められた場合が問題になり得ます。合理的な制約が及ぶもの、及ばないものがあります。謝罪や斉唱を強制された人が十九条違反を主張した場合、救済が認められる範囲(合理的な制約が及ばないもの)が問題となり、謝罪広告事件の学説につながります。わかりにくいでしょうか?
ちなみに蛇足ですが思想と良心、とくに良心は相対的なもので明確に両者は分けられるものではありません。常にワンセットで扱って差し支えはないです。

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質問した人からのコメント

2012/6/20 13:25:54

ありがとうございました。neko batake1623様の回答でしっくりきました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2012/6/1322:53:06

日本国憲法というのは、GHQに半ば押し付けられる形で受理したもので、日本人の本心とは真逆の立場にあります。

そう、理屈どうのこうの・・・の前に、日本は敗戦国なのです。憲法に関する論議など本来は不要と言えるわけです。(せいぜい英単語やキリスト教の解釈に行き着く)憲法を改正する・・・とか、憲法に従わない・・・というのは日本が勝戦国であると勘違いしている部分があるかもしれませんね。それ自体が、思想・良心の自由に反するわけですが・・・

では何故、思想の自由・・・ではなく、思想・良心の自由・・・と良心をつけているのか?
既にご理解頂けると思いますが、良心を基準にして自由としているわけで、悪心・悪企を自由としているわけではないのです。

「殺人だろうがテロだろうが、頭の中で考えている限りは社会に害を及ぼさないからだ」

・・・・という説明は、良心の自由という部分に反しているわけなので、根本として説明になってないわけです。テロを起こすような考え方、殺人を起こすような考え方というのを思想の自由として許しているわけではありません。(敗戦・従属国として当たり前)

敗戦国という立場において、必ずしも思想の自由化を容認していない事は、アメリカ自体もプロテスタント(キリスト教)という宗教的な思想により他宗教に対する防壁を持っているからです。

実際、思想というのは良きに悪きに害を及ぼしますから、メディアなどが偏重するのはそのためです。

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