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日ユ同祖論 信憑性はどの程度なのでしょうか。 言語が似ている、歌をヘブラ...

ikz********さん

2012/10/1916:29:16

日ユ同祖論

信憑性はどの程度なのでしょうか。

言語が似ている、歌をヘブライ語にすると意味が通る(君が代、かごめかごめ、 ソーラン節など)という具体的な共通点から、遺伝子が中国韓国人にはないものをもつという根拠不明なものなどが上げられます。

某掲示板では、宗教観が違いすぎる、戦前の白人コンプレックスの日本の学者が作り上げたものだとしているのをみて妙に納得してしまいました。確かにユダヤ教と神道、仏教は違いすぎます。まず一神と多神、偶像崇拝禁止と仏像とで明確です。

ただはっきりどちらに分があるとは判断しにくい部分が多いため詳しい方いたらよろしくお願いします。

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aka********さん

編集あり2012/10/2008:33:45

日ユ同祖論を明治時代に最初に?広めた佐伯好郎氏は、後にユダヤの大資本の関心を買うためだったと、はっきり語っています。ですから、明治維新以降の情報を、あまり信じすぎるものではないと思いますよ。

ただし、雑多な渡来氏族集団秦氏の中に、古代北イスラエル王国の滅亡後シルクロードに逃れて交易商人になって、その子孫が日本まで渡来したことは事実でしょう。とはいえ、彼等は太陽信仰を中心とした多神教の人々です。現代のユダヤ人とは、宗教観がまったく異なります。沼地だった京都を干拓して平安の都(エルサレム)を築いたのは、イスラエル人の末裔の秦氏達でした。

日本に数万社建っている八幡系列と稲荷系列の神社は、彼等秦氏の創建ですから、当然古代北イスラエル様式を受け継ぐ神社になっています。ユダヤの神殿の門も日本の神社の門も、トリイと呼びますよね。でもこれは、仏像がギリシャ彫刻の影響を受けているのと同じようなもの、と考えたほうが妥当です。日本がシルクロードを通して西洋の文化を輸入してきたことは、正倉院の宝物からもはっきり見て取れる客観的事実です。インドから高名な僧侶が渡来して日本で子孫を残しても日印同祖と言わないように、日ユ同祖論は不自然な発想&呼び方ですね。

日ユ同祖論を唱えた人々は、ユダヤ教から離れることが出来ず、神道に古代エジプトやペルシャやイスラエルなどの諸文化の影響が見られることを、大きな視野で見ていませんでした。だから、ユダヤは一神教で日本は多神教と言ってしまう、致命的なミスを犯しています。日本に渡来したイスラエルの文化と宗教は、太陽信仰を含む多神教の姿をしていた痕跡がはっきり認められるのです。

お正月の注連飾りがありますよね。お蜜柑を中心に藁で編んで作る飾りです。https://picasaweb.google.com/lh/photo/P_lUqinmxMV1L9K_emPLlNMTjNZET...これはエジプトの太陽信仰のシンボルの有翼日輪です。偶然形が似ているだけと思う人もいるでしょうが、稲荷信仰の元になった秦氏の伝承が残っています。太陽のシンボルである鏡餅を弓矢で射ると、翼が生えて空を飛んで舞い降りた場所に稲が生えたと。有翼日輪をモチーフとしたこの神話伝承は、京都の稲荷神社が創建された場所だけでなく、九州の秦氏の居住地域にも残っています。モーゼが出エジプトしているので、古代イスラエルの民の末裔は、有翼日輪信仰を持って日本まで流れ着いたのです。

天日槍を祀る古い神社と秦氏の居留地域の分布が一致することから、天日槍の祭祀集団が秦氏だったことが判明しています。天日槍の妻のアカルヒメ(明姫)=皇祖神・天照大神の御神体は、本来赤い瑪瑙の玉です。お正月の注連飾りと同じ有翼日輪の飾りが付いて、非公開神事のときに斎の巫女が首から下げる護符の姿をしています。https://picasaweb.google.com/lh/photo/MNXrQeIx7LpkQDKtYbFBKNMTjNZET...※写真撮影を禁じているので画像は3DCGです。

イエス・キリストが聖母マリアの処女懐胎によって誕生したというエピソードには、元ネタがあります。エジプトで、永遠の処女とされる女神イシスが、太陽神ホルスを処女懐胎によって生んだという神話に基づく聖母信仰です。ユダヤ教もキリスト教も、本来は太陽信仰の要素を含んでいたことを、精神分析学のフロイトが指摘しています。彼はユダヤ人知識階級の大学者ですから、間違えることはまずないでしょう。処女懐胎のエピソードは、高句麗国の始祖である朱蒙や明姫の生誕の神話にも見られる、太陽信仰特有のものみたいです。明姫の生誕を祝う非公開神事は今も当家が伝承しています。

日ユ同祖論の真相を百も承知で、天皇機関説による皇室の弱体化工作すら仕掛けていたユダヤの長老達が、日露戦争当時、天照大神・和魂・明姫の託宣を聞き入れて、莫大な戦費を賄うために発行した日本の国債を買うように指令を出したのは、平安京が東洋のエルサレムで、日の巫女の王の家の明姫を襲名する巫女が、同族の唯一現存する預言者と認識していたからです。さもなければ、縁も所縁もない絶対に勝てそうもない東洋の島国を支援しようなどど、計算高い彼等が酔狂なことを考えたりはしなかったでしょう。当家は今もユダヤの長老達と深い交流を保っています。それから、幕末にヨーロッパに渡った当家の女性が、ジャポニズムのブームの普及に一役買っています。ユダヤ人に親日家が多いのは当時の名残ですね。そういった国際交流の歴史的経緯があるので、私には北欧の血が1/4流れています。

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aki********さん

2012/10/2101:10:58

歌の類似性と言えば、和歌がインドの民謡と共通性が高いほうが注目に値すると思います。今でも日本人は海外の文化を輸入して、独自に発展させる才能を発揮していますが、昔もそうだったと考えるべきだと思います。ただし、ヘブライ語と日本語の類似性は他の言語と同程度で、かなり低いと思います。多くは音が似ているだけのコジツケになっていると感じます。

本当に日本語と近いのは、大陸の高句麗語です。言語が近縁かどうかを観察するとき、真っ先に見るのが数詞と言われています。日本語と高句麗語の数詞の比較を行うと、朝鮮語などよりもはるかに近縁の言語という結果が出るようです。高句麗は滅亡して、その人々は女真族と名を変え、今は満州族と呼ばれています。彼等は清帝国を築いたわけですが、清の時代に遭難した日本の商人が北京に行って驚いたのが、一二三四ではなく、ヒ・フ・ミ・ヨの日本語の数え方がそのまま通じたことだそうです。高句麗の流れを汲む女真族の言葉を話す人々と、北京で普通に接触できたようです。百済は扶余・高句麗から枝分かれした王室で、朝鮮半島は異民族支配されていました。そのため、百済の王室と民は異なる言語を話しているという指摘が、中国側に残っています。神道の世界には古い朝鮮語が数多く残っていると指摘されることがありますが、実際にはそれが失われた高句麗語という説も出てきています。

高句麗語は日本語と同じ膠着語です。系統が違う漢民族の言葉と文字がいきなり日本に輸入されたわけではなく、まず漢民族の言葉と直接接していた高句麗語が漢字表記されるようになり、それが、高句麗と近い山東半島や遼東半島付近の海人の手を経て日本にもたらされて、古い神道の祝詞の言葉などが作られていったと考えられます。纏向型祭祀と高句麗国の東盟祭の類似性も、かなり指摘されているようです。倭人文化圏が北九州から済州島を経て山東半島や遼東半島付近に分布していたと認識している中国側の史料が幾つか散見されるようです。卑弥呼寒冷期と呼ばれる地球規模の寒冷化に伴って、飢饉に直面した高句麗地域の人々が日本に渡来した結果、弥生時代が古墳時代に変わっていったという説があるようです。九州に山東半島原産の三眠蚕が入り、纏向(奈良)にも山東半島付近の製鉄と蚩尤(兵主・天日槍)の信仰が入っています。その結果、天照大神のモデルになった古い日女神を祭った比売許曽(ヒメコソ)神社が建てられるといった現象が起こったようです。比売許曽は姫を祀る神社という意味の高句麗語(朝鮮古語)です。だから、比売許曽神社の末尾の「神社」は必要のない筈ですが、時代が下って元の意味が見失われた結果、付けられるようになったと考えられます。祝詞にも高句麗語由来の言葉が大量に入っている、というより、本来祝詞は高句麗語(吏読)だったそうです。謎が多いとされる「ひふみ祝詞」は、高句麗語として意味がほぼ通じる形で伝わっているそうです。飛鳥という都の名前も元は高句麗語のようです。

トルコからシルクロードを介して日本まで、膠着語圏が広範囲に広がっています。文法的に近いため、日本語に輸入しやすかったことが考えられます。たとえば、天皇を古い時代はスメラ・ミコトと呼んでいました。シュメール文明と日本語の関係がかなり指摘されていますが、シュメール・ミグトと言えば、天降りた支配者のことで、日本語と音が似ているだけでなく、意味も一致しています。したがって、シルクロードを介して日本に入ってきたのは、なにも古代イスラエルの文化に限られるわけではないと思われます。秦の始皇帝の兵馬俑はペルシャ式の軍団編成になっていて、ペルシャ人の人骨が近くから出ているようです。ササン朝ペルシャの滅亡に伴って、シルクロードに逃れた王子が中国に亡命し、妻子を安全な日本まで連れて来ているケースもあるようです。わずか数年で日本とペルシャは繋がる距離にあります。西の文化が日本に断片的に入っていても、不思議ではありません。仏教も入れば、ギリシャ彫刻もガンダーラの地域で形を変えながら伝わっています。しかし、文化的影響が認められるからと言って同祖論を持ち出すのは、不自然すぎると感じます。それを言うなら、人類はアフリカ原産の動物で、皆同祖という話になります。

遺伝子に関しては本来akatamayorihimeさんが御専門の筈ですが、完全スルーしているようです。相手にする必要もない勘違い、ということだと思います。

gra********さん

編集あり2012/10/2001:27:20

多分、其の掲示板の書き込み主はユダヤ教を根本的に勘違いしてますね・・・・・・。
更に、既に回答があるように日ユ同祖論は日本人が体系化したものではありませんので完全な勘違いです。
ユダヤ教の神観は絶対神から来てるのではなく「自分たちが神に選ばれた神の子なのだ」と言う民族的な悪意の思想とも言うべき思想傾向から作り出されたもので元々のイスラエル以前の根本の神話性は多神教のそれですから宗教観が違うと言うのは少し同祖という部分で言うと見当違いという感じです。
大きな俯瞰から見たとき同祖とはどう見ても言えませんが、風俗的な起源を見た時、関連をシュメール人を間に置くと関連が出てくるように思います。
シュメール人が日本人と言ってるのではなく多分縄文時代に何らかのつながりがシュメールとの間にあったと考えれば文字体系の類似や言語の発音の類似、など様々な共通点が見えてくるはずです。
元々シュメールと縄文文化が似ていたとすれば其れを継承したユダヤと日本が類似した文化になるのは当然の話であり多分客観的に見れば其れが一番妥当な見方だと思います。
ただ否定するのは簡単ですがそれでは何も見えてこないので・・・・・。
よく日ユ同祖論と聞いて日本人はユダヤ人の子孫と思う人が居ますが其れは違う。
百歩譲って其れが成り立つ論理だとしても日本の方がユダヤ人より歴史は古いし民族的には縄文人から見ることも可能なので向こうが起源になることはありえません。

suz********さん

2012/10/1921:33:33

■>「戦前の白人コンプレックスの日本の学者が作り上げたもの」

いいえ、「日ユ同祖論」を最初に唱えたのは、「日本人」ではありません。

明治期に貿易商として来日したスコットランド人の「マクラウド」が、
日本と古代ユダヤとの相似性に気付き、調査を進め、
世界で最初に日ユ同祖論を提唱(1878年)、体系化しました。

1878年は、「明治11年」。
当時は、「世界で嫌われ者だったユダヤ人」と、「アジア極東小国の黄色人種の日本人」。
(※1860年代までユダヤ人には、欧米で各種制限が課せられていた)

この2つが「同じ先祖だ」と言われても、
「ユダヤ人」も「日本人」も、喜ばないと思いますよ。。。

ましてや、第二次世界大戦で「ドイツ」と同盟を組んでいた「日本」にとって、
同盟国「ドイツ」が迫害し惨殺している「ユダヤ人」と、「同じ先祖だ」と言われても、
複雑ですけどねぇ。。。
(同じ先祖をもつ民族が、同盟国ドイツに惨殺されるなんて、イヤでしょ。)

・・・・ということで、
「当時の歴史的な背景」を考えて考察してみると、
「何故、日ユ同祖論という考えが起こったか」が、
別の視点で見えてくるかもよん。(*^_^*)

■ちなみに、
「イザナギ・イザナミの黄泉の国の話」は、「ギリシャ神話のオルフェウスの話」に似ていると言われたり、
「聖徳太子が馬小屋で生まれた」のは、「イエス・キリスト」に似ていると言われたり、
「正倉院」には、ペルシャ産やイラン産やアフガニスタン産だと考えられている宝物もあります。

mal********さん

2012/10/1919:56:10

現段階での学術的な信ぴょう性はゼロです。
日本が言語系統不明の国であり、日本人がどこから来たのかはっきりわかっていない状況であるから、「なんとでも言える」ということでしかないですね。歴史学には特にどうとでもとれる物事というのが非常に多いのですが、そういうのを集めていけばなんでも言えてしまうのです。

日本語はたしかに言語系統不明ですが、不明ということはヘブライ語と同系統であるという有力な証拠もないということです。単に似ているということは、言語学上において全く意味を持ちません。
歌についても、例えばかなり前「恋のマイアヒ」というルーマニア語の曲が日本でちょっとした流行になったことがあるます。これ、いわゆる「空耳」のはしりで、全編ルーマニア語の歌詞にもかかわらず日本語で意味が通るという歌なんですが、これを持ってきてもルーマニア語と日本語が同系統であるという証拠にはなりません。

ですが、はっきりした証拠のないものを完全に否定するのは非常に困難です。トンデモ科学論争もそうですが、客観的証拠がないからこそなんとでも言い逃れができます。さらに歴史学はもともとある程度の恣意性というのを含んでいますので、尚更厄介です。だからこそ、現在まっとうな歴史学者・言語学者で日ユ同祖論に取り組んでいる人はいません。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

zuo********さん

2012/10/1918:17:58

日ユ同祖論の信憑性は韓国起源論並ですね。
取るに足りません。

日本人は日本人。ユダヤ人はユダヤ人。ユダヤ人の中の一部の人は人類の歴史に貢献した立派な人たちです。日本人も彼らに負けないように頑張りましょう。それで良いじゃないですか。一部のユダヤ人が優秀だったら、日本人は「彼らは日本人の一部だ」とか「日本人は彼らと同根だから優秀だ」とか言わなくてはならないのでしょうか。


孔子は韓国人。天皇は韓国人。ルーズベルト大統領やオバマ大統領は韓国人。中田もイチローもカール・ルイスも韓国人。イギリス人は韓国人。ユダヤ人も韓国人(韓国にもユダヤ韓国人説があります)、自動車や飛行機を作ったのも韓国人。宇宙の元祖は韓国。

日ユ同祖説なんかを唱えるバカはこれらの事を得々と述べる恥知らずな韓国人と同レベルです。自分に自信がないだけのひがみ根性の阿呆です。日本人は韓国人のように自分をそこまで貶める必要などないのです。

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