文学を研究するむなしさ

文学を研究するむなしさ 私は大学で外国語文学を研究しています。 たまに論文が行き詰ると、自分が何のために研究をしているのかわからなくなってきます。 文学というものは実学ではなく、社会に今すぐ役に立つようなものではありません。 それを承知で学んでいて、自分でも研究は好きなのですが どうしようもなく自分のやっていることがむなしく感じるときがあります。 私は本当は文学研究に向いていないのでしょうか。 同じく非実学を研究している方で、このように思う方はいらっしゃいますか?? そのとき自分にどのように折り合いをつけていらっしゃいますか??

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ベストアンサー

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私も、どこで何の役に立つのかがやっている本人にもわからないような研究をしています。私などとはけた違いの方を引き合いにださせていただいて恐縮ではございますが、かのノーベル賞をとった山中先生も「どの研究が当たりかは、だれもわからない」とかいう趣旨のことをおっしゃったときいて、気持ちが楽になりました。たとえば法律学のような研究でも社会にすぐに役に立つものではありません。研究をしている方ならおわかりだと思いますが、大多数の論文の読者数は10人以下なのです。それでも、「どこかで回りまわって役に立つことがある」と思うことにしています。ちなみに、先日レミゼラブルの映画を観てきましたが、どこかでユゴー研究が反映されているものかもしれません。(そこは、門外漢の私にはわかりませんが)

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。確かに成果が可視化できたものだけに目を向けてしまうと、他のごまんとある研究を無視しがちになってしまいますね。 結果だけを追い求めるのではなくその過程に意義があると考えて改めてまた精進したいと思います。

お礼日時:2013/1/7 9:58