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先祖供養をしたら、長年治らなかった病気が治癒したり、授からなかった子供が授か...

kariyuweさん

2013/2/1009:33:14

先祖供養をしたら、長年治らなかった病気が治癒したり、授からなかった子供が授かったということを耳にすることがあります。しかし、だれでも数えきれない先祖がいます。先祖に対して畏敬の念はもっていますが、この

現世で生活している私たちがそんなことに振り回されていたら、なんだかおかしくはないでしょうか。どなたかすっきりと答えていただけませんか。ただし私は、霊的なものを否定する者ではありまっせん。

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koikoi000777さん

2013/2/1012:02:46

少し考え方を変えてみてはどうですか?

質問を読むと振り回されると書いてるので 先 祖 が 原 因 で病気をしたとか良い事が訪れないと言ってるように感じました

なので 普段の悪い運などは先祖とか関係ないけど 先祖供養で先祖に感謝したら
たまたま気分のいい先祖がサポートしてくれて良いことが起こったと考えれば
「長年治らなかった病気が治った」や「子供を授かった」というのがしっくりとくるんじゃないでしょうか?

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ベストアンサー以外の回答

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2013/2/1221:47:22

宇宙の法則に沿った正しい先祖供養を実践することで、ご先祖様も子孫も、お互いに救われるのです。

そして心を込めた供養が先祖に届くには、家庭に祀った、位牌を通してです。

先祖供養を行う目的は以下のとおりです。

・現界に自分が存在することについての、神様と先祖に感謝を表すため。

・神幽現三界の連動の関係があるので、先祖をないがしろにすると、神様がお喜びにならないから先祖を祀ることが必要になる。

・位牌を通して食物の供養をすることにより、先祖の幽界での修行をしやすくして差し上げるため。

仏壇や位牌は、ご先祖様が幽界修行をするためには欠かせない重要な物です。位牌はご先祖様と子孫の接点、通信機のような役をするといわれています。ご先祖様と位牌とは、霊波線でつながっていて、霊波線をとおしてご先祖様は、食べ物の気を吸い、食べ物の供養を受けているのです。そして子孫を見守っておられるのです。

ご供養を受けられない先祖の霊は、さまざまな病気などの不幸現象を、子孫に訴えかけます。そして子孫が気づかないと、しだいに戒告現象をエスカレートさせてきます。一般人は霊と言葉が通じないから、型で示してこられる。慢性の頭痛持ち、耳が悪い、目が見えなくなる、そういった仕組みをして、自分たちが幽界で食べられない状態であることを知らせてこられるわけです。

いくら先祖を祀っているといっても、その祀り方が間違っていれば、神様もご先祖様も喜ばれない。せっかくの感謝も実にならないどころか、却ってご無礼を働いていることにもなってしまう。また、間違った祀り方のために、ご先祖が苦しまれることにもなります。

祖霊祀りは正法に従ってやらなくてはならない。神の掟や霊界の仕組みを無視して、現界人だけで勝手に考えてやっても、本当の感謝にはならないのです。

先祖の位牌供養、つまり祖霊祀りがなぜ必要なのか。一口で言えば、現界に自分が存在することについて、神様と先祖に感謝の意を表すためです。

祀るとは「間を釣り合わせる」、つまり相応の関係をつくるということです。だから祖霊祀りとは、先祖と私たちの間の、相応しい在り方、本来の在り方(立て別け)を示すということになります。

私たちの魂は四十八神のどなたかの分けみ魂だから、親から親へと代々遡っていけば、ついにはみ魂元である四十八神のどなたかへ行き着く。そして、私たちの霊も代々の先祖の霊も、すべてその四十八神と霊波線によって繋がっています。私たちの良心、理性、智情意などは、みんなこの霊波線を通じてインプットされています。

位牌による正しい供養をすると、先祖戒告による不幸現象が無くなるが、それとは別に、様々な奇跡が起こる。それは、本来の神様、先祖、子孫の関係、その立て別けという神の置き手(掟)を体得しているということで、神様のご守護がよりいっそう強く得られるからです。

先祖供養で大切なことは、いくら形だけ供養していても、感謝や真の無い、心がこもっていない上辺だけの思いでは、本当の供養にはなりません。先祖供養で、大切なことは「心」と「形」と「行」です。

「心」とは、ご先祖様に敬意を表し、感謝の想いを持つこと。
「形」とは、仏壇・お位牌によるご供養。
「行」とは、日々のご供養、つまり、毎朝仏壇のお扉をお開けし、感謝の想いで毎日お食事をお供えすることです。

「神を敬う想念は、まず自分の先祖を尊ぶ想念から始めなければなりません。神霊界に通じるには、現界の一番近くにある幽界を通過しなければ直接神霊界には通じないのです。幽界にいる幽界修行中のご先祖が修行しやすいように、現界から協力しなければなりません。ご先祖の霊層界が上がれば、現界の人の霊層界も上がります。また、現界の人の霊層界が上がると、幽界のご先祖の霊層界が上がります。このように現界と幽界は隣り合わせにあり、現界の人の想念が先祖を尊び、先祖に感謝し、その徳を称えるという、「敬神崇祖」の精神を強く表現することが大切です。

このように先祖供養で一番大切なことは、「敬神崇祖」の想いを強く持つこと、これがあってこそ親孝行の子が育ち、また現界にいる人たちが先祖を尊ぶところから神を敬う生き方が出来上がってくる。この「敬神崇祖」という想いの持ち方こそが、日本人の一番大切な美しい心のあり方であり、日本文化の一番大切な中心にあるものです。」

jigingukingさん

2013/2/1011:29:56

>先祖供養をしたら

この『したら』が出る時点で間違っていると思います。

生まれていきなり自給自足にならないのは先人が残した道のおかげです。

感謝しましょう、

そして先人が残した負の遺産を知恵を出し合い解決しましょう

これが後人たちの対する義務です。


墓や仏壇に感謝しても何も起こりません。

siyakaiokiruさん

2013/2/1010:58:16

質問謝様の言う通りです。理解不能な回答も有りますが先祖供養で病気が治るならそれ以前に病気にもかからないでしょうし世の中に病気は皆無になってしまいます。

まして病院も不要です。こんな当たり前の事も気が付かないなど考えれません。先祖供養で病気が治るなどお粗末な考えです。昔のおとぎ話の世界ですよ。

ra37eru77さん

2013/2/1010:38:21

先祖供養が届けば、病気はいい方向に向かいます。

しかし、残念ながら供養を人任せ(お寺…など)では、50年経っても供養は届きません。
難治性の病気、依存症…他などは、先祖が憑依している場合が多いのです。

憑依している先祖を成仏すれば、難治性(ガン、てんかん、喘息、アトピー、肝臓病、小児マヒ、強度のノイローゼ…他)などは回復し、治らなくても希望が持てるようになるかと思います。

医療が第一。
それでも、治らなければ、先祖からの霊的因縁って、考えます。

一般的な供養の仕方では先祖は成仏できないかと思います。
水子因縁なんかも同様です。

全てではありませんが、「この病気は、祖父もそうだってね」って、意外と身近にあります。

憑依している先祖を成仏出来れば、数日後に変化があらわれることもあります。

私のyahooブログ、「不思議な先祖霊」を検索して、参考にしてください。

霊魂はウソをつかないので、気づけば影響を受けている先祖が解ります。

oratnek1973さん

2013/2/1010:02:14

歌はテクニックで歌うんじゃない、心で歌うんだ。
だけど、心を伝えるには、テクニックが必要だ。

ってことではないでしょうか。

贈与論的に言えば、コミュニケーションや愛と暴力には同質の特徴を備えています。
端的にそれを円滑に、暴力を愛にしているものが、マナーや作法といった手順なのです。
時代や地域によってそれぞれ形態や形式は様々になっても、マナーやモラルといった物の本質は、他者への気遣いという点で一致しています。

手を合わせる、頭を下げるという行動は、相手に感謝するときの作法ですが、作法さえ守っていれば気持ちがなくても良いというものではありませんよね?
逆に気持ちはあっても、それを伝える事を怠れば、やはり相手は良い気持ちはしないでしょう。

先祖供養に限らず、あらゆる事に通じる考え方だと思います。


個人的には、供養をしたことと、病気が治ったことの因果関係には懐疑的にならざるを得ない性質ですのでなんとも言えませんが、

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