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仏様とは、悟りに達した人のことを言うのですか? もしそうなら、亡くなった人も仏...

kar********さん

2013/4/2911:16:24

仏様とは、悟りに達した人のことを言うのですか?
もしそうなら、亡くなった人も仏様と言うのはなぜですか?

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

tuk********さん

2013/4/3006:19:21

悟りを開いた方は御本仏でしょうね。一般的な成仏の仏とは違います。

念仏宗派では現世でなく死んだら仏となれますよと説いており、それが民間に広まり、死者を仏と呼ぶようになっただけです。

ベストアンサー以外の回答

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shi********さん

編集あり2013/4/3013:01:02

そもそも、釈迦は、悟り?などでは無くて、物事の森羅万象に対して、遜って真摯に取り組む、修行を促したのであって、悟り?即身仏?曼荼羅?御本尊?などと吠えまくったウッパニシャド哲学、バラモン教の邪義に屈服した出来の悪い弟子ども、己の既得権益の為に悪意はあるが意味のない文字列を書き加えた悪僧どもの、仏?悟り?などと未だに真に受けて信ずる事など在っては成らないではありませんか?

そもそも、釈迦は、悟り?などでは無くて、物事の森羅万象に対して、遜って真摯に取り組む、修行を促したのであって、悟り...

dai********さん

編集あり2013/4/3009:38:52

仏とは正式には、仏陀で有りサンスクリット語のブッタで、悟りを開かれた人間の意味であり、今の所、釈迦ただ一人。

jyu********さん

2013/4/2912:52:38

一般に申しますと生きている間には到達できない境地に亡くなられたら達するからです。
覚りの境地を涅槃寂静と言います。全ての煩悩が消滅した状態です。亡くなられた人には煩悩が無いので悟り(涅槃寂静)の境地に達したことになります。


ただ道元さまは死を願っても嫌ってもいけないと申しています。ただ仏さまのはからいとして大切に受け止めるだけです。

(正法眼蔵 生死抜粋)
この生死は、即ち仏の御いのち也。これをいとひすてんとすれば、すなはち仏の御いのちをうしなはんとするなり。これにとどまりて生死に著すれば、これも仏のいのちをうしなふ也。いとふことなく、したふことなき、このときはじめて仏のこころにいる。ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる

hit********さん

2013/4/2912:32:31

日本でそういう言い方をしているだけです。

http://www.hino.meisei-u.ac.jp/nihonbun/column/vol-11.html

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