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飯田線はもともと楽園だった?

kam********さん

2013/7/1117:13:24

飯田線はもともと楽園だった?

近所の駅から在来線で西に1時間ほど行くと、豊橋駅があり飯田線があります。自分は豊橋と言えば旅行のときに新幹線と名鉄の乗り換えをする駅だけというイメージでいたので、名鉄の横に飯田線がいて119系がいつの間にか211と313になっているぐらいしか関心がなかったのですが、最近知った情報によると戦後から国鉄末期の頃まで飯田線は現在の西日本のように列車たちのパラダイスだったと聞きました(どうしてパラダイスなのかは分かりませんが)、具体的にはどのような列車が走っていたのでしょうか?
最強クラスの秘境路線と評されているらしい飯田線ですが、他にも何か面白い話があれば教えてください。

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yng********さん

2013/7/1117:27:02

昭和50年代後半まで、飯田線には各地で使われた旧型国電が集結し、ここで最期を迎えたのです。
本当にそれが「パラダイス」だったかは解りませんが、撮り鉄の方は楽しんでいたようです。

飯田線の核心部、大嵐~天竜峡間はJRでも1・2を争う秘境路線です。
天竜川に沿った深い渓谷で、沿線の人口も僅かしかありません。
それは全線乗って体験することをお勧めします。豊橋から乗るなら進行方向左側の席をお勧めします。

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iin********さん

2013/7/1209:31:41

国鉄時代、横須賀線や東海道線で使われた車両のお古が飯田線で使われていました。
その為現在はオレンジ色の電車ばかりですが、
かつては青とクリーム色の横須賀線色(通称、スカ色)や緑のオレンジ色の湘南電車色(通称、湘南色)ばかりが走っていました。
旧型国電が好きな人にとってはパラダイスでしょうね。


>最強クラスの秘境路線と評されているらしい飯田線ですが、他にも何か面白い話があれば教えてください。

秘境路線とは掛け離れますが、飯田線はかつて豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊那電気鉄道の地方私鉄であり、その4社を1943年に鉄道省(国鉄の前身)が買収し、省線の一つとなりました。
この4社は電化路線として建設していた為、省線の中では最初から電化されていた数少ない路線となっております。(当時、東海道線や中央本線の一部区間でも電化されていない)
その為、飯田線は蒸気機関車が[一度も]走ったことがないのです。
ほとんどが電車です。
しかしそんな飯田線にも電車以外の車両が走ったことがあります。
気動車(ディーゼルカー)です。

上述の通り、中央本線は電化されていない区間が存在した為、電車を走らすことが出来ず、気動車で運転していました。
その結果、飯田線-中央本線の直通電車は全て気動車でした。
例えば新宿-天竜峡間の急行こまがね号 はキハ58系を使っておりました。

中央本線が電化後、車両は80系や165系に変更され、それ以来飯田線に気動車は走らなくなりました。
その為、臨時列車として飯田線に気動車が走ると、鉄道ファンや沿線の人が駆けつけます。

iit********さん

編集あり2013/7/1209:47:14

列車たちのパラダイスではなく、鉄キチたちのパラダイスだったんです。列車たちにすれば最後の働き場所、言い換えれば墓場だったのかも知れません。鉄キチたちがいろいろな列車を見ることができるので、そう名づけただけです。確かに40年以上前では、国鉄のお払い箱の飯田線。新型車の東海道線。それと名鉄のパノラマカーと古い形の名鉄電車。二俣線はディーゼル車、それに新幹線。あの当時、最も多種類の列車を見ることができたのは豊橋駅です。豊橋駅以上のところはありませんでした。それが列車のパラダイスといわれる所以です。
飯田線の面白い話はありますよ。秘境駅が語られているようですが、秘境駅のどこがいいのでしょうか? 都会そだちの人間がものめずらしく秘境駅を言っているだけで、何もありません。要は「秘境」といわれる所へ手軽にいけるだけのことです。地元の人間にすれば、なんていうことはない。それよりも、「渡らずの鉄橋」をご存知ですか。普通鉄橋と言うのは、川などを渡り対岸に行くために作られたものですね。ところが、対岸に渡らず、こちら側に戻ってくる鉄橋があるのです。これは、他にはありません。行って見る価値は十分あると思いますが。ちなみに、場所は「城西ー向市場」間です。回答がないところを見ると、鉄キチでも知らない人が多いということになりますかね。

他の回答に、蒸気機関車は走ったことがないとありますが、現実には走ったことがあります。おそらく、電気機関車が出払っていて、牽引する機関車がなかったのかとも思われますが。なにせ、子供の時ですから、詳しい事情は分かりませんが、蒸気機関車を見たのは間違いありません。電化されていても、SLが走っている例はいくらでもありましたよ。

fh6********さん

2013/7/1121:26:01

昭和50年代後半まで、関東や関西各地から旧型国電が寄せ集められて活躍していました。51系、32系など様々な形態を持った車両が活躍し、中でも有名なのは元関西急電のクモハ52形(通称流電)でしょう。
また線内の優等列車として、準急・急行伊那がありました。湘南電車の全金車、80系300番台や165系も活躍しました。昭和50年代に伊那号は廃止されたものの、80系や165系はその後普通列車で飯田線運用につく機会もありました。
また、途中の本長篠駅からは昭和40年代まで田口鉄道(豊橋鉄道田口線)が分岐していたため、田口鉄道の車両が飯田線へ直通運転されることもありました。
そのほかにも当時は貨物列車も運転されており、ED17、ED19などといった輸入機のほか、EF10、末期には飯田線専用機のED62などが牽引にあたっていました。尚、貨物列車はJR化後の1997年頃まで北部区間においては運転が続けられていました。
と、このように非常にバラエティに富んだ車両が運行されていたのが当時の飯田線でした。
結局「旧型国電最後の楽園」として名をはせましたが、昭和58年の119系投入によって旧型電車は一掃、また南部では早々に貨物列車も廃止となってしまったのでした。

秘境駅のお話は他の方がされていますので省略します。
飯田線のエピソードですが、飯田線は元々4つの私鉄(豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊那電車軌道)から成り、それを国有化して誕生した路線です。なので、それぞれの鉄道会社の区間ごとに線形が大きく異なり、例えば直線の多い豊川鉄道区間(豊橋~大海)に対し、伊那電車軌道区間(天竜峡~辰野)ではカーブが連続し、Ωカーブと呼ばれるものが数多く存在します。乗車される際にはそれぞれの鉄道の特徴を探してみると面白いかもしれません。
また、豊橋駅から小坂井駅手前の平井信号場までの区間は名鉄名古屋本線と線路を共用しているため、同じ線路を名鉄電車と飯田線列車が走行しています。


長くなってしまいました。お許しください。

jf2********さん

2013/7/1119:27:05

旧型国電の最後の働き場所で、寄せ集めの雑多な車両が走っていたからですね。
楽しみ方ですが、秘境と云われる駅が多数ありますから、まずは全線乗り通してみる事をオススメします。
但し、これから青春18きっぷのシーズンになるので普段人がいない秘境駅にも客がいることがあるので、100%秘境感を味わうならばこのシーズンを外した方が良いです。
私は数年前の2月、飯田線一の秘境駅「田本」に下車しましたが、この駅から乗車した際、乗客全員から注目を浴び、ちょっとしたヒーロー気分を味わった事があります。

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