ここから本文です

創価学会は香典泥棒問いyデマはどこから流されたのですか?

kensetugomさん

2007/3/1516:51:55

創価学会は香典泥棒問いyデマはどこから流されたのですか?

学会は香典泥棒問いyデマはどこから流されたのですか?

補足創ですね。わざわざ「泥棒」何足しなくても寄付をしてもらえばいいわけですから。

閲覧数:
5,377
回答数:
1
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2007/3/1814:44:04

大宅壮一のグループから、全日本仏教会経由ですね。
“潮”の4月号P142で、次のように書かれています。

“大宅壮一の後悔”
ここで挿話を一つ。
一九七〇年(昭和四十五年)十月下旬、大宅壮一は息苦しさを訴え、新宿区の東京女子医大に担ぎ込まれた。
雑誌『潮』の編集者が病床を見舞った。
ベッドの上で大宅は、封印していた過去を静かに振り返り始めた。
「私は『潮』との付き合いを通して、創価学会を知った。今になって思えば、大変にすまないことをしたと思うことがある」
天井を見上げながら、苦い記憶を絞り出すように言葉を継いだ。
「昭和三十年代半ばのことです。全日仏(全日本仏教会)の幹部が泣きついてきた。
『最近、創価学会という宗教が勢いを増して、我々の信徒がゴボウ抜きのように取られている。このままじゃ、たまったもんじゃない。創価学会は、こんな嫌らしい宗教だ、と言えるような話はないだろうか』と。
そこで、うちの若い衆に聞いてみたのです」
若い衆。大宅グループと呼ばれた「ノンフィクション・クラブ」の若手ジャーナリストたちである。
「『創価学会は葬式で香典を持って行く』『位牌や仏壇を壊す』というのはどか、となりましてね。根拠は何もなかったんだが…
これが全日仏を通して、一斉に全国に広がってしまったのです。言論人として、本当に申し訳なかった」
大宅さん、今ごろ詫びても遅いじゃないか。編集者には思い当たることがあった。
学会は池田第三代会長が就任し、破竹の勢いだった。やがて、どこからともなく「香典泥棒」などのデマが流れてきた。長年、不思議でならなかったが、その謎が解けた。
「火のない所に煙を立てる」
大宅に傾倒した若手が、その煙の出どころだった。
巧みなキャッチフレーズを駆使して、戦後ジャーナリズムを牽引してきた大宅グループ。贖罪の告白を終えた大宅の顔には、無念さが重くのしかかっているように見えた。
入院から一ヶ月後、大宅は息を引き取っている。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。