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石田三成は何で豊臣秀吉から名字も名前の字も貰ってないのですか。

mug********さん

2013/11/2102:19:59

石田三成は何で豊臣秀吉から名字も名前の字も貰ってないのですか。

秀吉は家臣に苗字や、名前の『秀』や『吉』の字を与えた人が多数いますが、石田三成はどちらも貰ってないのはどうしてなのでしょうか?
秀吉に目をかけられていたんですよね?

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編集あり2013/11/2113:28:56

たとえば江戸時代、将軍の偏諱を受けているのはどんな大名か、というのを見てみてください。親藩のなかでも御三家御三卿の当主か、あるいは外様の国持大名か、ほとんどがそのどちらかです。
譜代大名は、将軍に目をかけられても、大老、老中として権勢を振るっても、一文字貰っている者はほとんどいません。土井利勝、酒井忠清、堀田正俊、松平定信、水野忠邦、井伊直弼・・・
(例外は柳沢吉保くらいですが、これは特別といえます)。
つまり、徳川家にとって、外様の大大名は「お客様」ですが、譜代大名というのは「家来」であり、身分が違うわけです。家来には家来の分があり、ご家族やお客様とは一線を画のです(そのかわり、幕府の要職につき、政治を切り盛りする仕事があります)。
親藩、譜代、外様というのは、平たい言い方をすれば「家族、使用人、お客」です。偏諱を与えるというのは、もとは同格の大名であった外様大名を「身内扱い」して取り込む、「おたくは家族も同然だ」といって懐柔する手段である、と言っていいです。
石田、加藤、福島、といった、秀吉がゼロから育て上げた連中は、いわば豊臣家にとって譜代大名です。彼等はあくまで家来であり、家来の一線を越えてはいけません。
こういう連中がきっちり存在しないと、「家」というのは成り立ちません。
たとえば執事は、主人が家族とお客と食事しているとき、絶対に同じテーブルにはつきません。そういう立場だからです。いっぽう、ご家族もお客も、台所に入ってきて料理にあれこれ文句を言うことはできません。
だから、基本的に、石田も加藤も福島も、偏諱を受けることはないわけです。三成は、そういう立場に誇りを持っていたはずです。家族でなく執事だからこそ、豊臣家を仕切る仕事ができるからです。

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2013/11/2109:35:52

勝手に、「豊臣」って、名乗った加藤清正をチクったくらいですから、恐れ多いとして、固辞したのでは?
ありがたい名の名乗りを気にする人と、平気で、名乗れる人の二分化は、あったかと。

ama********さん

2013/11/2105:20:01

稲葉良通は信長の偏諱を辞退しており、浅井長政は六角義賢からの偏諱を改めるなど実際の効力は知れていて、より形式的な習わしであったと言えます。
秀吉傘下の武将の出自は皆低く、偏諱自体それほど意味を為さなかったとみて良いでしょう。

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