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金本位制ってなんですか? 銀本位制っていうのも聞いたことがあるような。 何が...

asdjyt3さん

2013/12/213:40:01

金本位制ってなんですか?
銀本位制っていうのも聞いたことがあるような。
何が違うの?

補足わかりやすく教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2013/12/218:37:14

昭和の初めまでは紙幣は「兌換紙幣」といい、金の保有量に見合う量の発行がなされていました。
紙幣は、それを銀行に持って行けば金に取り換えます、という前提で発行されていたのです。
まあ、紙幣というより金の代わりに発行した預かり証のようなものです。
その金の裏付けのある制度を「金本位制」といいました。
だけど金は希少金属で、取れる量に限界がありましたから、代わって銀が使われた時代があります。
16世紀の「大航海時代」の頃にスペインがメキシコのサステカス銀山を発見し、大量の銀がヨーロッパに出回り、その結果深刻なインフレになったことがあります。
日本でも江戸時代に石見銀山を開発し、世界の銀産出量の3分の1を有していたといい、江戸時代のわが国は銀が主要な通貨でした。
金貨もありましたが、ほとんど流通することはなく、流通したのはもっぱら銀でした。
ただ、銀貨というのはありません。
銀は一分銀とか、重さで取引されました。
しかし、銀本位制というのは私は聞いたことはありません。
ヨーロッパにはあったかもしれませんが、やはり金が希少金属で、しかも銀のように変色しませんから、金が中心であったように思います。
ただ、ヨーロッパでは銀貨が大量に出回っていました。
その金本位制も経済の規模が大きくなってくると、それに相当した金を保有できなくなって、戦前から戦後にかけて各国で金本位制から離脱することになりました。
現在は各国とも管理通貨制度になっています。

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nhkjmtgmさん

編集あり2013/12/712:21:44

各国のお金の価値が金の重さで表せる仕組みです。

お金は額面が刻印、または印刷されています。それは変わりません。お金の価値とは、例えば円ならドルと交換した場合にドルに対しての、またはユーロに対しての価値のことです。この世界では円とドル(円とユーロ)を交換する場合の交換比率です。ニュースで外国為替市場の為替レートが1ドル100円とでます。

毎日のニュースで為替レートが報道されるのは、①為替レートが毎日変化するから、また②為替レートが貿易(商品とお金のやり取りから考えれば、日本が外国から商品を買う輸入。日本が外国に商品を売る輸出)と関係があるからです。

金本位制は為替レートが変化しません。なぜならお金の価値は金の重さで一定に決まっているからです。これを固定相場と言います。1ドル=○○グラムの金=2円の為替レートが変化しません。つまり円高と円安のメリット、デメリットがない社会です。この点は中学で習いましたから省略します。

現在の変動相場では、為替レートは国際収支を変化させます。国際収支とは輸入高、輸入高を>、<、=で結んだ統計です。統計とは時間と数字を並べた道具です。国際収支の時間は年間、数字は金額です。輸入高とは輸入品を日本の円で換算した総額。輸出高とは日本が輸出した商品の総額。年間輸入高>年間輸出高なら輸入超過。年間輸入高<年間輸出高なら輸出超過。年間輸入高=年間輸出高なら均衡です。為替レートが円高なら国際収支は輸入超過へ、円安なら輸入超過へシフトします。これも中学で習いましたから省略します。

金本位制は為替レートが動きませんから、為替レートが国際収支を変化させません。そのかわりに・・という内容です。

銀本位制は金本位制と同じですが、金銀比価により国際収支が変化します。

rekishi_zukiさん

2013/12/420:54:36

簡単に言えば、金または銀を決済の際の信用性の源泉とすること。

江戸時代は、商品の購入などの決済に、実際に銀や金を使ったことを指す。(銀は、西日本。金は、東日本)

明治時代以降は、紙幣や貨幣の信頼性を金や銀で担保すること。たとえば、日本の業者が北朝鮮と貿易したとして、朝鮮側の業者が朝鮮のお金で支払おうとしても、信頼性が低いお金を受け取りたくはないでしょうね。
そこで、朝鮮のウォンを金と交換可能にすれば、ウォンを手に入れば金が入手できるので、信頼性が担保されます。
まして、当時は新参の弱小国家の日本だけでなく、欧米列強も金本位制を採用していたので、金本位制への参入が経済的に列強と肩を並べる一つの指標だったのです。

forty_1stさん

2013/12/219:00:45

●古代から中世にかけて、貨幣は金や銀の貴金属で作られており、素材の価値=貨幣の額面でした。
例えば、古代アテネでは、テトラドラクマ銀貨(およそ16g)が貨幣の基準でした。これを「銀本位制」といいます。
また、中世のベニスは国際貿易でデュカート金貨(およそ3.5g)を使っていました。これは「金本位制」といえます。

●日本の江戸時代は、小判の金貨と、丁銀の銀貨が混在する「金銀両本位制」でした。

●近代金本位制は、1816年にイギリスが額面1ポンドのソブリン金貨(純金量7.3g)を発行し、貨幣の自由鋳造・自由融解を認めました。つまり、貨幣の単位と金の重さを固定したのです。これが近代金本位制の最初で、ヨーロッパ諸国や日本もこれにならいました。下の画像がソブリン金貨です。(なお、日本では1円=純金1.500gと定めました)
(もっとも、この時代でも清は1両(テール)=銀37gの銀本位制をとっていました)
ただし、通常の取引で金貨そのものを扱うのは不便なことも多いため、政府が等価を保証する紙幣(兌換銀行券)が使われました。
●金本位制のいいところは、政府がむやみやたらに貨幣を発行してインフレにならないことと、外国との為替相場が固定的になることです。
逆に欠点は、経済政策のために貨幣の発行量を政府がコントロールすることがやりにくくなくなることです。
●その後、第一次大戦で国際的な為替業務ができなくなり、金本位制が崩れました。戦後一時復旧したものの、世界大恐慌でそれもなくなりました。
●1971年にアメリカがドルと金の交換を停止し(ドルショック)、これで金本位制は完全に「管理通貨制」に移行したことになります。
●日本の金本位制は、形式的には続いていましたが、1988年の「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」でそれも消滅しました。

●古代から中世にかけて、貨幣は金や銀の貴金属で作られており、素材の価値=貨幣の額面でした。...

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