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在日朝鮮人についてです、 芸能人や暴力団、AV関係は在日朝鮮人が多いと聞きますが...

kaz********さん

2014/1/802:07:23

在日朝鮮人についてです、
芸能人や暴力団、AV関係は在日朝鮮人が多いと聞きますが
それはなぜなんでしょう?
また、在日朝鮮人は純日本人とはどう違うのでしょう?
日本人として考えていいのでしょうか?

差別はしないべきなんでしょうか?

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tod********さん

編集あり2014/1/809:36:22

まず在日朝鮮人というの言葉は別に差別用語ではありません。
(特定の言葉を「差別語だ」とあげつらい,差別用語を増やしていく姿勢はよくありません。差別は本来使用する人間の意識や心根に問題があるのであって,言葉の問題ではありません。在日や朝鮮人という言葉は蔑みの感情をむき出しにして非難して使用する場合などを除き,例えば「在日期間中」とか「中国国内に住む朝鮮族」という言い方もするように,本来差別用語ではありません。)

さて芸能人などに在日が多いかどうかは明確で客観的な資料がないので,科学的に真実とは言えず,噂の域を出ません。

ただ,室町時代・江戸時代の昔から,農耕民族で,農民が主体だった日本において,劇団や芸能など各地を渡り歩く人達は,身元がはっきりせず,怪しげな経歴の人たちが紛れ込みやすい環境だったため,社会的な地位が決して高くありませんでした。

明治以降,レコードや映画や新聞やラジオやテレビや雑誌と次第にマスメディアが進化・拡大してくる中で,芸能人(タレント)というのもそうした役者の性格を引き継いできているようです。

昔は役者や俳優などは良家の子弟子女はならないものとされていて,例えば華族の娘が映画俳優になりたくて勘当同然にして家を出てなったというような人もいます。

戦後は,そういう側面が薄められてしまい,華やかさばかりが強調されて,あこがれの職業のようになりましたが,それはわずか数十年のことなのです。

ですから在日朝鮮人に限らず,どちらかという社会的に高く評価されにくかった立場の人たちが好んでもぐりこみやすかったという面もあったということなのでしょう。

ただ勿論そういう人たちばかりではありませんし,あまりそういう先入観を強く意識しない方がいいのではないでしょうか。そういう意識が強すぎると,それこそ差別的な意識でそうした人とたちを見るようになってしまいます。

最初に書いたように客観的な真実かどうかははっきりしない世界ですので,「歴史的な経緯からそういう面もあるかもしれない」という程度に留めておくのがいいと思います。




さて後半の「在日朝鮮人は純日本人とはどう違うのでしょう?日本人として考えていいのでしょうか?」という点について一言。

「日本人として考えていいか」・・といった場合そもそも「日本人」というものの定義をどう考えるかではないでしょうか。

法律上は「日本人」というのは日本国籍を持った者ということです。この人たちが「日本人」としての権利と義務を持っています。在日朝鮮人の人たちも国籍がない以上,その意味では「日本人」ではありません。これはどこの国の人でも同じことです。別に差別でもありません。


だた法律的なことに限定せずもう少し実態的・感覚的なことも含めて考えた場合,こういう言い方もできる様な気がします。

「日本の文化に馴染み,日本人であるという意識を強く持ち,自分も日本人の一員として日本に温かい心を寄せる人達」が気持ちのうえで真の「日本人」だという言い方もできますよね。

いくら日本国籍を持っていても,「日本なんかつぶれてしまえ,沈没してしまえ」と思う様な人は「日本人」の一員とは思いづらいし,逆に外国の国籍を持っている人でも,「和」の気持ちや「富士山」の美しさを理解し,四季の日本の風物をいとおしく思う人たちは,一緒にこの国で楽しく暮らしていきたい仲間と考えてもいいように思いますよね。

そう考えると,「在日だろうがなんだろうが,日本や日本人を一体感を持って愛してくれるのであれば,仲間として考えてあげていい」という気持ちも自然にあっていいのではないかとも思います。

ただ残念ながら,最近の中国人や韓国人や在日朝鮮人の方々の多くの人たちの行動を見ていると,なかなかそう思えないので、みんな反感を感じてしまっているのだと思いますよ。

日本人であれば,「謝れば水に流して打ち解ける」という文化がありますが,中国や韓国では「謝ることは罪を認めることであり,墓石すらクサリで縛るような文化であり,許されることは基本的にない」という文化です。そこが共感できない限り,日本人は彼らを自分たちと同様に愛すことは難しいと思います。



差別は「しないべき」かといわれればもちろんなとうぜん「しないべき」です。
ただ人間である以上,「好き」なものと「きらい」なものとがあるのは当然です。それはいけないことではありません。
好きになれない人を嫌っていけないということはありません。
あえて「喧嘩」まではしなくても,「仲良くはなれない」ということはあって当然です。

結局は一人一人をみて判断していくしかないのではないかと思います。
そしてそのうえで政府間とか国家間の間の話はそれと切り離してきちんと主張すべきことは主張すべきというスタンスを貫くべきだと思います。日本人はその使い分けがとても下手で,残念です。

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shu********さん

2014/1/805:50:51

「日本にいる朝鮮の国の人」というのがなぜ差別なのか…。自分の国の名前が差別なのですか?
差別はしませんが、関わる人を選んで、自分と周囲の人の幸福・安全・権利・利益などを守る必要はあります。平等は服従ではないし、自己犠牲で成り立つものでもありません。仲良くする人を選ぶことは、その人の意志であり、自由であり、責任です。

cha********さん

2014/1/802:45:17

在日朝鮮人というのは差別になります。

差別という言葉自体存在するのが良くない事です。

クラスの隣の席にアメリカ人やハーフが座っていても気にもならない事ですが在日朝鮮人なら身構えてしまいます。

それこそが差別です。

在日朝鮮人であっても日本の学校で学べば日本人になれます。

日本国に朝鮮総連や朝鮮民団、朝鮮学校がなくなれば、いつの日か「僕は日本に住む朝鮮系日本人だよ!朝鮮には日本文化にないこんな良い所があるんだよ!」と言えると思います。(朝鮮はお父さん・オジイサンの時代を敬います)

日本学校で学んだ人ならば、同じ日本人であると思っていいはずです。

ただ、どう見ても学力が乏しくどうやって学校を卒業できたのか疑問が残る芸能人もいます。(暴力団・AVは論外ですが)

日本に住む異国人はバラバラで差別意識は生まれませんが朝鮮人は数が多く一ヶ所に固まり団体票を武器に政治介入までしてきます。

我々日本人は国内に住む国民だけには民族差別をせず、同じ日本に住む人間だと思いたいものです。

在日朝鮮人が日本の学校で学び日本に愛国心を持てば朝鮮団体票を失い困るのは朝鮮総連・民団・朝鮮学校になります。

日本のテレビは「朝鮮人意識」を煽るのではなくもっと国内の現実に目を向ける時期に来てると思います。

http://www.youtube.com/watch?v=3k79ozsd_-8

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