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一年の刑は元旦にあり、といいますが、なぜ刑罰が元旦にあるのですか?

magguuggamさん

2014/1/913:06:35

一年の刑は元旦にあり、といいますが、なぜ刑罰が元旦にあるのですか?

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ID非公開さん

2014/1/913:11:46

間違いです。
一年の計は元旦にあり。(いちねんのけいはがんたんにあり 〉「刑罰」ではないです。「計」です。

《意味》
何事も最初に計画や準備をすることが大切だということ
《使い方》
年が明けたぞ、さあ新年度の計画を立てよう、一年の計は元旦にありだからね

釣りですか?

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azoth_swordさん

2014/1/920:22:35

どれだけまっても年賀状が届かないことが、昨年の自身の行いに対する罰ということです。
世間では「多くの年賀状が届く=コミュ力が高い=人間的に優れている」とされており、年賀状の数がそのままステイタスとなります。メールで済まされてしまう人は「まぁ、年賀状出すほどの人じゃないけど一応送っといてやるか」程度にしか思われていないのでまだまだです。

この常識を知らない方は既に社会から爪弾きにされています。誰も教えてくれなかったということですから。

他にも、自堕落に過ごしていると「あぁ、また何もしないまま一年が過ぎてしまった」と、周囲のおめでたい雰囲気にどうも馴染めない精神的苦痛を味わうことになります。
そしてその時にこう考えます。「今年も昨年と同じような一年になるのだろう」と。

いやぁ、怖いですね。考えるだに恐ろしい。中身も変化もない惰性の人生を突きつけられる一日ですよ。
周囲は「あけましておめでとうございまーす」なんて陽気に言ってる中で「いや、別にめでたいと思わないし」と荒んだ心が顔を出すんですよ。辛いですねー、これは辛い。

なので、「一年の刑は元旦にあり」というのは、日々成長を心掛けて人間的成長をしないと年が変ったときに痛い目見るよという言葉です。ちなみに全て冗談です。実際は「一年の計は~」です。

2014/1/917:49:10

別の方向からボケを。
今我々日本人が使っているのは西暦ですよね。
これはキリスト教圏で使われている暦です。
世界共通となっているので日本でも使ってますが、日本には古来の旧暦というものがあり、本来これを使うべきではないかと思ってます。

max7974さん

2014/1/915:10:27

ネットで『元旦 刑』で検索すると、確かに『一年の刑は元旦にあり』と出てきます。でもこれは、本来正しい『計』を意図的に置き換えたもので、誤用ということになります。確かに意味は通じそうですが、多くの日本人に通用する慣用句ではありません。よって、質問に対する答えはありません。

pierrot7979さん

2014/1/913:15:26

ボケ様がないのでマジレスします。
一般的に言われている、「いちねんのけい」は、「一年の計」で、「刑」ではありません。
「何事にも最初が大事」ということで、その1年をどうやって過ごすかを元旦に決めたら上手くいくかも知れませんね、という意味です。

supercar_v12さん

2014/1/913:08:54

一年の計です

計、すなわち企て、計画、目標等々のこと

刑のではありません

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