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明治時代廃藩置県ありましたよね? それなのになぜ府も置いたんですが?詳しくお...

ミィさん

2014/10/719:31:02

明治時代廃藩置県ありましたよね?
それなのになぜ府も置いたんですが?詳しくお願いします

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met********さん

2014/10/720:57:06

mugaku36keiさんのご説明のとおりですが、三治制のとき、なぜ9つの幕府領を府とし、残りを県としたか。

都市を中心とする幕府領が「府」になりました。
それ以外、つまり農山漁村のみからなる天領は「県」になりました。

都市とは、江戸、京都、および城代・遠国奉行が支配する町です。

当時の農山漁村のみからなる旧幕府領は、現在の町村ぐらいの面積・人口のところが多かったので、統治に必要な施策も府とは違うからと、区別のために県という名前がついたものと思います。

のちに、都市を中心と言っても、長崎などの中規模都市が中心のものは、県に分類しなおされましたので、江戸、京都、大坂を中心とする3つの府だけが残りました。

質問した人からのコメント

2014/10/8 06:25:43

降参 みなさんわかりやすかったです
♪( ´θ`)ノ
ありがとうございます

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a11********さん

2014/10/801:30:51

中国で使われていた地方の行政単位をそのまま持ってきたから。

中国では、地方を「県」という地区単位で統括していました。
「県」の中でも国にとって重要な拠点が有る県を「府」と呼びました。

その条件を日本にも当てはめたんですよ。

aki********さん

2014/10/721:34:48

明治政府は廃藩置県以前に幕府直轄地や戊辰戦争の時、政府に敵対した藩の没収領地などに府県制を敷きました。代表的な府県として、明治元年(1868)に京都府と奈良府、明治二年に度会府を設置。慶応四年(1868)四月に久美浜県、明治元年に岩鼻県・日田県・神奈川県・伊那県、明治二年に長崎県・倉敷県・酒田県・高山県・堺県・兵庫県などを設置しました。

mug********さん

編集あり2014/10/804:02:09

廃藩置県の前に府藩県三治制という時期があって、最初は天領(旧幕府領)のうち主なところを府としたのです。東京・京都・大阪のほか長崎・神奈川・奈良・箱館・新潟など9府あり、その他の天領は県、旧大名領を藩としていました。
(*補足:当初の9府というのは勿論重要都市のわけですがもともと幕府の遠国奉行の置かれていた所です。その中で江戸時代に三都と呼ばれていた最重要都市を府としたのです。)
その後廃藩置県で府のうち特に重要な都市(東京・京都・大阪)だけを府とし、あとは県としたのです。なので、廃藩置県当初は3府302県のスタートだったのを合併など再編成を繰り返し、3府72県(あるいは35県)などを経て3府43県の原型が出来上がったのです。

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