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『脱亜入欧』という言葉は、誰が最初に言い出したのですか?

gig********さん

2007/12/402:54:43

『脱亜入欧』という言葉は、誰が最初に言い出したのですか?

福澤諭吉は『脱亜』という言葉は使っていますが、『脱亜入欧』とまでは言っていません。誰が最初に言い出したんでしょうか?

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onl********さん

編集あり2007/12/421:24:14

似たようなスローガンに『和魂洋才』があります。
こちらは活字では森鴎外『なのりそ』という芝居の台詞が初出だそうです。
しかし、その内容を読むかぎり『和魂洋才』は決して鴎外の造語ではなく、
当時の流行語であったことがわかる。(元の語は『和魂漢才』か)
そもそも『和魂洋才』とは、新井白石・佐久間象山・福沢諭吉らのイデオロギーなのですが
このなかの誰も『和魂洋才』とは一度も云っていない。
さらに面白いのは、3人とも年代が新しくなるにつれ「和魂」から「洋才」へと重きを置くようになっていくことです。
『脱亜入欧』も似たような経緯で、『脱亜』に『入欧』を足して生まれた
当時のイデオロギー変遷をあらわす流行語だったのではないでしょうか。

<一知半解 >

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ant********さん

2007/12/404:48:03

「板垣死すとも、自由は死せず」は、板垣退助本人が言った言葉ではなく、
板垣が暴漢に襲われた時に、近くにいた板垣の支持者や高い弟子が、暴漢を取り押さえようとして叫んだ言葉で、
これが後に板垣本人の言葉として伝えられるようにった、と言います。

福沢諭吉が「アジアの植民地化に飲み込まれてはいけない」という意味で「脱亜論」を説いた場合、
福沢の支持者が、「4文字熟語にすれば伝わりやすい」「対になっている字を使うほうがいい」として
「脱亜入欧」という言葉を使った可能性はあります。
だから、調べるとしたら、当時福沢の近くで働いていた、言語感覚の豊かな人を探すのがいいでしょう。

den********さん

2007/12/404:04:19

そうですか、諭吉さんがそんなことを言ったのですか。
勉強になりました。
ところで日本人は誰かの言葉に感銘を受けると直ぐ、
真似をする傾向があります。特に有名人の場合・・・。
そんなわけで、当時のマスコミ人のしわざではないでしょうか。

<田子>

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