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私は21歳の学生です! 私には今年で93歳になる曾祖母がいます。その曾祖母...

zzz********さん

2015/4/2823:09:37

私は21歳の学生です!

私には今年で93歳になる曾祖母がいます。その曾祖母の弟さんは(旧海軍整備士)1944年8月26日に南洋諸島にて私と同じ21歳で戦死しています。

私と同じ年で亡くなった弟さんのことをもっと詳しく知りたいと思い、
曾祖母の弟さんのことを詳しく調べてる中で、不思議な2枚の写真と出会いました。


1枚目はヤシの木々を背景に、南国フルーツなどを持った若い海軍整備士20人ほどの集合写真。

2枚目が下記添付の写真です。(島を上空から撮影したものかと勝手に推測しています。)
この写真が一体、何の写真なのか曾祖母も全く知らず、1枚目の写真と一緒に送られてきたそうです。

この2枚目の写真が一体何なのか、ご存知の方がいらしたら情報を頂ければと思います。

(【補足】1枚目のような集合写真を撮るような慣習についても、情報がいただければと思います。)

曾祖母,弟さん,南洋諸島,旧海軍整備士,南国フルーツ,軍事機密,墓誌銘

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yuh********さん

2015/4/2900:49:51

私にも叔・伯父と、2人の戦死したおじさんがいます。もう昭和の末年近くになりますが、祖母が詳しい戦死状況を知ったうえでちゃんとした「墓誌銘」を墓石に刻みたいと言い出し、父(父は、末っ子の方だったので、戦争に行かず生きていた訳けです)と2人で、当時の厚生省を廻って資料集めをしました。

その時に、ヤハリ戦友だったという方ともお会いして、様子を窺いましたが、その際の印象としては、郵便物などは「軍事機密」としてきっちりと管理されていた、…ということですね。

軍事郵便物にしても、どうせ国内にいる家族に届ければいいのですから、中に何を入れても、また何を書いても良いようなものですが、スパイと軍事機密(作戦遂行上重要な、部隊の駐屯地など)の保全を目的に、厳密に検閲がなされました。

惧らく、ご質問の、島の鳥瞰写真は、見るヒトが見れば直ぐに具体的に太平洋上の「~島」と分かる筈ですが、作戦上ではさほど支障がないとの検閲判断から本土まで届いたものでしょう。港や施設の写ったものだと、ハネられたことでしょうね。一般人が駐留(居留)している程度の南洋の島でしたら、写真屋さんが販売していた、とも考えられます。

ドチラにしても、令状1枚だけで召集された家族が一体どんな所で戦っているのか、という思いは誰にもあるでしょうから精一杯妥協した産物…といった所ですね。

また、①枚目の集合写真、とありますが、どのようなものかは示されていませんが、当時、部隊のメンバーを知るための集合写真は極く普通に撮られていたことでしょう。特に整備班とかいうことになれば、戦友意識と精神的な繋がりは大きいでしょうから。

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