戦時中のソ連の戦闘機は木で作られていることが多かったと聞きましたが、これはソ連の工業水準が低くて、アルミなどの材料を加工出来なかったからなのでしょうか?

日本史 | 世界史695閲覧

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もともと第一次世界大戦の頃は、木骨布張りも一般的。その時代から国産機を作っていれば、木製機を作る技術(合板圧縮技術)も蓄積されていた。ソ連もその時代から国産機を作っており、航空産業に関しては、日本よりだいぶ先進国。 しかもシベリアにはタイガと呼ばれる木材資源があり、技術の裏付けがあれば、高性能の木製機を作ることもできた。 日本にはその技術がなく、高性能の木製機は出来なかった。 ソ連機の中でもLa5は、スターリンクーラード戦で活躍し、スターリングラードの小さな木の十字架、というあだ名を付けられるほどに活躍した。 もちろん最終的な強度や量産性は金属機のほうが優れており、LaシリーズもLa9からは全金属製となる。

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木造機の製作には高分子学の高いレベルが必要なのだが。 ひょっとして、そんなことも知らないの?

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違う違う、大森林を背景に持つ国土です。ふんだんに手に入る資源を活用しない手はないと言う、極めて合理的な理由からの木製飛行機の実現です。 更に言うならば、日本でも木製機を造ろうと試みたのですが重量増加から実用化しませんでした。 どういった性能を機体に求めるかにもよりますが、ドイツ、英国、ソビエトは日本より木材の加工技術が進んでいたと言うことです。 ドイツでは試作機でしたが、ゴダードGo229やハインケルHe162等のジェット機に木製部分が多く利用されており、実用プロペラも木製可変ピッチであったことからも高度な木工技術があったと言えます。この点で日本が後れを取っていたと言うのは意外といえば意外。

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いんやむしろアルミニウムの工作技術は高く、部分的には米英を凌いでいた 傑作戦車T34のエンジン(アルミ製)なんかは当時の科学技術水準で言えばオーパーツと言われるくらい優れており、アルミに限らず金属、特に鋳造技術は世界最高水準であった ただし戦略物資は大量の兵器生産においては常に不足したため加工の容易な木製を多用もした ソ連自体は世界有数のボーキサイト産出国なのだがそれでも戦時の生産能力は限界があり、10万の戦車、15万の航空機に消費するには少なくとも大戦中の精製量は不足した。 まぁ木製でもさほど不便しなかったし高性能機も生まれたので生産量を落としてまで全金属機を作る理由もなかった イギリスのモスキートも木製の傑作高速爆撃機だが少なくとも当時の軍用機には木製だから致命的に不利という事はなかった

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ソビエトには、当時貿易可能な友好国は少なく、アルミは国内 でボーキサイトが産出しない為、貴重な戦略資源でした。 そのアルミを、木材では制作不可能な爆撃機や戦闘機に割り当 てたので、小型機は木材で製造する様に奨励されました。 その為戦闘機は、木金混合で設計製造されたのです。 只、木金混合と言っても、イギリスの様に軽量なバルサ材は、 手に入らないので、木材を加熱し合成樹脂を浸透させて圧力を 掛け、強度を高めたデルタ合板を主桁等に使っています。 ソ連の代表戦車T34のエンジンは、アルミブロックのディーゼ ルエンジンで、ドイツはこれをコピーしようとしましたが、出 来ませんでした。