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中世ヨーロッパのキリスト教支配とは具体的にどのようなものだったのですか?

han********さん

2015/8/811:32:39

中世ヨーロッパのキリスト教支配とは具体的にどのようなものだったのですか?

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mek********さん

2015/8/811:38:50

教会が全てです。教会が市役所・公民館・文化センター・学校といった地域の公共施設を全部兼ね備えたような機能を担っていた。

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yet********さん

2015/8/1412:17:17

キリスト教支配
色々な立場からの見解があります。
初めから悪だと決めつけるのいささか極端と言えるでしょう。

言えることは、
中世ヨーロッパの人々は、法と、教会の保護のもとに置かれていたことです。
法律のもとで、保護され、制限を受けていました。これは現在でも同様です。
法の下の平等、市民としての義務と権利といってもいいでしょう。
と同時に、この世における人としてのあり方の規範を教会が持っていたと言えます。
現在の日本では、出生の記録などは、戸籍制度によっていますが、
ヨーロッパでは、教会での洗礼の記録がこれに相当し、結婚も、死もです。
現在でも当時の人の個人的な事柄の基本は、その人がどこに住みどこで生活をしていたかを知るためには、教会の記録を探します。その次が、納税記録です。
職人(マイスター)であれば、ギルドの記録でしょう。
教会は、教区によって地域を分割していました。
大きな都市の会堂は、全住民が入ることを考えてその大きさを決めました。
あるイタリアの寒村の会堂には17人分の椅子があるそうですが、その数は、その村の住民数だそうです。
教会は、とても重要なコミュニテイーであったのです。
以上のように、市民の生活の多くの部分で教会は関与していたのです。
このような状態をキリスト教支配という言葉で表現したものと言えます。
さらに言うなら、当時の人々は、教会を抜きにしては生活ができなかったと言えるでしょう。

中道彦三さん

2015/8/1315:30:14

殉教をも恐れなかった原始キリスト教とは違いました。つまり、日常化したキリスト教でした。それは形式化され、大衆化され、新しい迷信化さえ起きていました。免罪符なんかはその典型でした。十字軍なんかもそうでしょう。

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2015/8/1314:56:12

協会が知識を独占する社会体制を作っていたので、
人々は自分の頭を使って考えることを禁じられて
協会が与える物語と規範への盲従を余儀なくされました。

その結果、古代ギリシャから栄えていた
哲学や科学を始めとする人類の知的遺産全般が
ヨーロッパから消失してしまい、暗黒時代とも言われています。

2015/8/812:20:14

極論で言えば
「破門」を武器に
欧州の全てを脅迫して
治めていた
って事でしょうね。

元々、宗教の最大の意味は
「生と死」そして「死後の世界」の関係(疑問)にあります。

もし多くの人が「死後の世界は無い」と考えれば
「生きてる間に出来る事好き勝手にやろう」
という思想が広まってしまいます。

しかし、人間は個人の能力には限りがあります。
逆に複数の力を合わせれば
個人では不可能な事も可能になります。

しかし、複数の人を統率するには
その多数の個々が集団の為に(他の人の為に)
奉仕する気持ちを持つ必要があります。

そこで考え出されたのが
「生前の行いが死後の世界を左右する」
という教え(宗教)です。

どれほどの力持ちやお金持ち
権力者であっても
「死」の恐怖から逃れられる人はいません。

当然、その死の後の世界を
恐れない人もいない訳です。

「死後の世界なんて信じない」という人でも
死んだ経験は無いのですから
「死後の世界」の有無に関して
100%の自信がある人はいません。

また、年老いてきて
身近な人が多く亡くなった経験が増えると
人は自然に「亡くなった人の冥福」を祈りたくなる物です。

そういった「死後の世界」を
生前の行いで管理する事で
人類は社会的な規則や規律・秩序を強めてきた訳です。

・・・が、当然
その規律や秩序を管理する人間にとって
この「生前の行いの管理」は権威であり
権力になりえるわけです。


古代ローマ帝国が滅亡後に
小さな地方権力が乱立する
戦乱の時代が来た際に

たった1つだけ残る事ができた
ローマ権威・・・
それが、この死後の世界の管理を行う
ローマ・カトリック教会だったのです。

多くの地方権力者が
その地方の民衆の信任を得るために
この「死後の世界の安住」の保障を得る為に
ローマ・カトリックに承認される事を望んだわけです。

言い換えれば
ローマ・カトリックの承認を
得る事ができない権力者には
「死後の安住」はなく
その統治地域は「神様の祝福を得られない」
という状況になる事を意味します。

これは権力者個人においても
またその統治地域の掌握においても
とても不安材料になる事でした。

こうして「死後の世界の安住(権)」を
ローマ・カトリックが独占する事が
できた事で
結果的には教会は徐々に絶対的な権威を獲得し
教会に反発する存在は
「破門(地獄行き)」を突きつける事で
従わせていった訳です。

それはやがて教会の
おごり・腐敗を生んでゆく時代
(中世の暗黒時代)になってしまう原因になった訳です。

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