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ニーチェの言葉「お前が深淵を長く覗くとき、深淵もまた等しくお前を覗くのだ」とい...

junya090603さん

2015/10/1613:51:43

ニーチェの言葉「お前が深淵を長く覗くとき、深淵もまた等しくお前を覗くのだ」というのはどういう意味なのでしょうか?「深淵がお前を覗く」という部分が難解です。哲学者の間ではどういう解釈がな

されているか気になります。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2015/10/1623:39:50

深淵は「底のないこと」と解され、ニーチェ流の言葉で言うと「深い世界」と繋がっています。そして「神」「永遠の真理」などという虚像が取り払われるとき、その奥に底知れぬ不気味な生成の世界が顔を現し、この無限に生成し、無意味に回帰する「深い世界」(深淵)を直視し、それに向かって「大いなる肯定」を発する者には、この底なしの世界は「光りの深淵」になります。しかしその虚無性に怯む弱者には「ニヒリズムの深淵」になります。ニーチェの哲学は、いっさいの従来の価値体系や概念規程を取り払ってしまったところに特徴があります。それが「深淵」です。そしてそれに怯む者は、それに呑み込まれニヒリズムに陥ってしまうのです。それが「深淵がお前を覗く」です。ちなみにニーチェの言う「ニヒリズム」は多義的です。ここで言われている「ニヒリズム」は大雑把に言えば悪い意味です。多分、「生」を軽蔑の対象へと貶めてしまう、という具合の「ニヒリズム」だと思います。

質問した人からのコメント

2015/10/19 18:23:53

ニヒリズムというのがしっくりきました。ありがとうございます。

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yocobehrさん

2015/10/1705:25:25

不勉強で、この『善悪の彼岸』第146節に対して直接的に解釈している哲学者の著書を読んだ事がない(か精読しなかった)のですが、同じニーチェの言葉に「事実なるものはない、ただ解釈だけがある」からでしょうか。

私は「深淵」とは「形而上学」の事であると「解釈」しています。ニーチェが「形而上学」と「イデアリズム」を徹底的に批判しているからです。

ニーチェにとっての「形而上学(メタフジックス)」とは、自然として与えられたフィジカルな世界を越えた(メタ)世界についての学で、現に生きている自然的世界の彼方にそうあって欲しいという欲求を投影した別の世界の事を真の世界であるとして「捏造」することでした。

また「イデアリズム」は物質や世界が観念から構成されるというような主観的観念論でもなければ、現実主義に対比される意味での理想主義ではなく、理想や理念に過ぎないものこそを真に実在するとみなす倒錯的な精神の在り方で、「深奥の欲望に適合した世界」こそが真に存在する世界であると信じざるをえないような「精神の在り方」であったようです。

ですから「形而上学」や「イデアリズム」という「怪物(深淵)と闘っている」と「闘いながら自分が怪物になってしまわないように(深淵に引き込まれないように)するがよい」と言っているのではないかと考えます。

・・・ただ、この第146節前後が「女性」に関しての箴言で固まっているのが、別の邪推を引き起こすところですが。

twesgi_3さん

2015/10/1614:33:03

ニーチェらしー気のきーた比喩で、ゆーてみただけのあんまし意味のない言葉だよん。

よーはギョッとさせるんが好きだっただけね♪(*^^*)

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