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エリザベートのキッチュリプライズ(東宝版)の解釈について

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ID非公開さん

2016/1/1718:26:33

エリザベートのキッチュリプライズ(東宝版)の解釈について

東宝版の2幕、夜のボートの前のキッチュリプライズで、ルキー二はルドルフの棺桶の前で絶望するエリザベートを「悲劇も売り物にする」と、国民の支持を得るための演技、キッチュ(嘘)だと歌っています。ウィーン版の歌詞も、概ね同じような内容だと記憶しています。個人的にずっとこのシーンが腑に落ちませんでした。2幕冒頭のキッチュで、ルキーはシシィは単なる悲劇のプリンセスではなく、エゴイストでスイスに隠し口座あったといっています。これはルキー二がいうようにある意味事実ですが、ルドルフの死に絶望していたというにはいろいろな文献を読んでも本当だと思ったからです。そのあと、エリザベートはずっと喪服ですごしますよね。なんでルキー二はそんなことを言ってるんだろう?とずっと思っていました。それで昨年の山崎育三郎さんのルキー二を見て、初めてこのシーンが腑に落ちました。山崎さんは、ここでエリザベートの悲しみに共感しそうな自分を抑えようと、特権階級で恵まれた彼女は悲しみを売り物にするような人物でなければならないんだと、まるで自分に言い聞かせるように歌っていました。つまり、ここでのキッチュはエリザベートの態度がキッチュ(嘘)なのではなく、ルキー二にとってエリザベートはエゴイストで非人間的な人物でなければならないと錯乱して歌っているのかなと思いました。皆さんはどう思いますか?

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dif********さん

2016/1/2320:40:43

東宝エリザベート(2015)観劇しました。

個人的な意見ですが。ルキーニにとって「エリザベート皇后を暗殺した理由」を何度も尋問されても覆す訳にはいかないと思うのです。まして100年間裁判尋問は、精神状態もおかしくなるかと。

宮廷に居場所がないと言いつつもエリザベートは、やはりエゴイストであり我が儘だと思いますよ(現在で云う鬱状態なのでしょう)。

それでも

我が子を喪えば
・生きたくない
・死に憧れる
・死に場所を求めるような旅を続ける

何となく理解できます。

「〇〇なら誰でもよかった」

現在の通り魔殺人にも共通点を感じられます。

回答にならず失礼いたしました。

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