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万葉集の「夢にだにみざりしものをおほほしく宮出もするか佐檜の隈廻を」という和...

nin********さん

2016/4/103:08:50

万葉集の「夢にだにみざりしものをおほほしく宮出もするか佐檜の隈廻を」という和歌は、舎人が天皇に即位せずに亡くなった草壁皇子のお墓を守る仕事に向かう際に、皇子への死を受け入れられない悲しみを謳った…と言

う解釈で内容はあってますか?意味通じてますか?

自分では「お墓を守る」という言い回しが引っ掛かってます。

また、舎人とは「家来」という呼び方でも意味は通じますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

daichan44141さん

2016/4/122:30:36

私はチエリアンではありませんが、なかなか回答がないようですので、書かせてもらいます。


解釈は、大体それでよいのではないかと思います。ただ、「引っかかる」とおっしゃる「墓を守る」というのは、当時の葬祭のあり方からすれば、別の言い方の方が良いのではないかと思います。

この歌は、日並皇子(草壁皇子)が亡くなり、殯宮(もがりのみや、あらきのみや)にあったときの、舎人たちの歌23首のうちの一首ですね。
殯宮というのは、貴人が亡くなり本葬をするまでのかなりの長い間(長ければ3年)遺体を棺に入れ殯宮に安置し、そこで葬祭の儀礼を行い、また白骨化して死が確認された後陵墓に土葬されたもののようです。(ウィキペディア)

この23首は、皇子の住まいであった島の宮を懐かしんだりや、殯宮のあった眞弓の岡への途中の檜隈のことを、この歌のように詠んだりしているので、本葬前の時点での作歌と言えます。この時点での舎人の仕事は、広い意味で「墓守り」と言えるのかもしれませんが、殯宮は一般に言う墓とは異なりますから、より正確に言えば「殯宮での仕事」であり、具体的に言えば、「皇子のなきがらを守るとともに葬祭の準備や宮の警護や雑用などの仕事」ということになると思います。

舎人は、天皇や皇族の警護、雑役、宿直などの仕事をした人であるので、分かり易く言えば家来と言ってもいいと思います。(家来という言葉は、平安中期以降のもののようです。)


因みに、澤瀉久孝「萬葉集注釋」のこの歌の口訳を引かせてもらいます。

●夢にも見なかったものを晴れやらぬ心で宮への出仕をすることよ。檜の隈のあたりを通って。

質問した人からのコメント

2016/4/2 00:08:22

最高の解答ありがとうございます!!!
感動しました!!
とてもありがたいです!!
解りやすく詳しく答えて頂きとても助かりました!!

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