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アーサー王の出身地は、ウェールズ?スコットランド?

aka********さん

2016/6/2707:25:09

アーサー王の出身地は、ウェールズ?スコットランド?

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har********さん

2016/6/2816:39:58

実際アーサー王自体が実在していたのかも定かではありません。

只ウェールズにこんな言い伝えがあります。
「8世紀ころ、アーサーと言う英雄的な騎士がいて、ブリトン人と何度も戦い壮絶な戦死を遂げた」と言うものですが、このアーサーと言う騎士がアーサー王であると言う確証は何もないのです。
また、ウェールズケルト(ドゥヴェト)の騎士なので、後のキリスト者の聖杯の騎士を束ねるには宗教が違っています。

聖剣エクスカリヴァーは、ケルト語ではエスカリボルグと言うのですが、これは槍のようなものだったらしいです(アルスターの英雄クーフリンの魔槍がゲイボルグですから)。キリスト教化に当たり剣に替わったようです。
まあ、まったく無関係とも思えないのですが、少なくともアルスターの人物ではないですね。実在であればウエールスと考えられますね。アルスター・コナハト・レンスター・マンスター(アイルランド島)の可能性も薄いです。

また、スコットランドは古代から居住しているケルト系ピクト族に加えケルト系スコット人が来ましたが、ブリトン人、アングル人とケルトは優勢ではない状態で12世紀頃まで諸民族が混じっていましたからここはアーサー王とは関係が無いようです。

アーサー王=ウェールスのアーサーであれば伝説は正しいと言う事でしょう。

質問した人からのコメント

2016/7/3 20:08:31

皆さまありがとうございました。

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cel********さん

2016/6/2900:49:15

ご質問が、「伝承上の出身地」についてなのか、あるいは「仮にアーサー王が実在したら、どこの出身か」って事なのかが、ご質問からはわかりませんが…。

アーサー王に関して、成立年代がある程度の確度を持って語れる史料の中で最古のものは、ブリトン人(=現在のウェールズ人の祖先)が伝えた9世紀前半の史料「Historia Brittonum」(直訳すれば“ブリトン人の歴史”)です。
が、「Historia Brittonum」では、アーサー王がブリトン人の軍のリーダーとしてサクソン人と戦った場所は書いてありますが、生誕地は書いてありません。戦った場所についても、敵がサクソン人のケント王とされている事からすると、印象としてはイングランド南部っぽく思えない事もないのですが、現代に伝わる地名ではないので、具体的にどこかがわかる訳ではありません。

アーサー王伝説が爆発的な人気を得るきっかけになった12世紀前半の「偽史」の本である「Historia Regum Britanniae」(直訳すれば“ブリテンの王達の歴史”)では、アーサー王の母Igernaがアーサーを身ごもったのは、コンウォールのティンタジェル城(↓)、とされています。(しばしば、アーサー王の生誕地として紹介される事がありますが、厳密に言えば、そうではありません)

http://www.english-heritage.org.uk/visit/places/tintagel-castle/

が、アーサーがどこで生まれたか、についてははっきりとは書いてありません。
…と思いますが、原文のラテン語は言うまでもなく英訳でも、丹念に読むのは結構手間なので、確信はありません。
もしakaginaoさんが“読み通す根性”をお持ちであれば、英訳は↓で読めますのでどうぞ。

http://www.yorku.ca/inpar/geoffrey_thompson.pdf

ただ、アーサー王の生誕地は明記されていなくとも、アーサー王の父の世代のブリトン人の王の本拠地はWinchesterなどがあるイングランド南部であるのは明らかである為、「アーサー王伝説では、アーサー王はイングランド南部の出身なのだろうな」という印象を持つのが普通、とは思います。

では、アーサー王が実在の人物だったとしたら、ですが、「実在の人物」と言っても、特定のモデルを想定するのか(とは言ってもそのモデルの出身地がわかるかどうかはまた別の話ですが…)、あるいは、“本名”はともかくもブリトン人の戦闘に於けるリーダーがいたと考えるのかによっても違うでしょう。
「モデル」の中には、アイルランドからスコットランドに侵入してきた集団の王家の一員もあります。が、その根拠は事実上Artúrというその名前だけで、「アイルランドから侵入してきたゲール人の中の有力者が、なんでブリトン人の英雄になったのか」ってところは明らかに難点で、そういう主張をした人がいた、という程度に考えた方がよいと思います。
特定のモデルを想定せず、「アーサー=ブリトン人の戦闘に於ける実在のリーダー」と考えた場合、いわゆる「アングロサクソン」がブリテン島に侵入してきた時点では、ブリトン人は現在のスコットランド北部を除くブリテン島の全体に住んでいた、と考えられていますから、スコットランド南部出身じゃイカン、って事にもなりませんが、ウェールズだろうがイングランドだろうが、どこでも「そこじゃイカン」って事にもなりません。

ところで、元々のアーサー王伝説では、アーサーはサクソン人との戦いの指導者であり、その伝説が(現在の)ウェールズに伝わったのは、「ブリトン人とサクソン人との戦いがウェールズ以外ではサクソン人の勝利に終わった」から、つまり他の地域では後世に伝わりようがなかった為だろう、というのは誰にでもわかる事です。(伝説の“舞台”がウェールズなのではない)
ですので、「アーサー王伝説は、元々は現在のウェールズ人の祖先であるブリトン人に伝わったもの」という事は、恐らくどの学者も認める「常識」のようなものですが、それを根拠に「アーサー王の出身地はウェールズである」という説を唱えている学者がいる、って話は、私は聞いた事がありません。
アーサー王のモデルはだれか、という事に興味をもつ一部の学者の中では「モデルについての諸説」はありますが、出身地についての“諸説”って、「アーサー王の出身地はウェールズだろう」というものも含め、私は聞いた事がないです。

確実に言える事は、「中世の伝説では、アーサー王の母は(イングランドの)コンウォールでアーサーを身ごもった事になっており、アーサーの生まれた場所ははっきりしなくても、伝説の主な舞台はイングランド南部」って事ぐらいでしょうか…

(参考)

「8世紀ころ、アーサーと言う英雄的な騎士がいて、ブリトン人と何度も戦い壮絶な戦死を遂げた」という言い伝え、って私は聞いた事がありません。

「中世ウェールズの領主アンブロシウスに仕えた騎士アルトリウスがモデル」という説も私は聞いた事がありません。

ケルト語派に属するゲール語とかウェールズ語とかはありますが、ケルト語という言語はありません。

ウェールズに伝わる中世の伝説では、エクスカリバーはCaledfwlchです。エクスカリバーに類する名称は、「Historia Regum Britanniae」でCaliburnusというラテン語化されたものから派生したものです。

no7********さん

2016/6/2816:53:34

中世ウェールズの領主アンブロシウスに仕えた騎士アルトリウスがモデルとされています

アーサー王伝説自体は後世の創作がかなり入っているでしょう

fre********さん

2016/6/2707:42:06

ウェールズというのが主説ですが、はっきりとしたことはわかっていません。
ウェールズという根拠もアーサー王についての記載がある最古の本がウェールズのものということくらいなものです。
後は推測による諸説が多く決定的なものは、今のところ存在しません。

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