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元大洋の奥江英幸投手を知ってますか?

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ID非公開さん

2016/7/3015:14:44

元大洋の奥江英幸投手を知ってますか?

1971年

大洋は十七日午後一時から東京・千代田区丸の内の球団事務所でドラフト二位指名の日石・奥江英幸投手(21)=1㍍80、75㌔、右投右打=の入団を発表した。これに先立ち、契約金八百万円、年棒百六十万円(いずれも推定)で正式契約。背番号は未定。同投手は岡山東商から日石入社と、平松の後輩。日石では三浦のかげにかくれていたが、ことしの都市対抗で電電東京を相手に九回を四安打の1点に押えてプロ関係者の目にとまった。巨人・山内投手に似たすなおなフォームで、ことしは二十三試合に登板して8勝をあげている。大洋では三菱川崎の井上(ロッテ一位指名)に負けないスピードを評価して、即戦力として期待している。同投手は一月四日に合宿入りし、二十一日からの自主トレ―ニングに参加するが、先輩平松といっしょに新年早々から鎌倉でトレーニングを始める。

奥江投手「先輩の平松さんに追いつくようがんばりたい。とくにていねいなピッチングを身につけたい。バリバリ投げられるとは思わないが、自信のあるストレートをみがいて、マウンドに立ちたい」

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ray********さん

2016/7/3016:19:23

知らなかったので調べました。

岡山東商では、エース、四番打者として1968年の全国高等学校野球選手権岡山大会決勝に進出するが、倉敷工に敗退。卒業後日本石油に入社。

1970年、1971年の都市対抗でいずれも準々決勝に進出。1971年11月にドラフト2位指名で大洋ホエールズへ入団。

ホエールズでは、先発ローテーションの一角として活躍し、3年目の1974年に6勝を挙げた。

1976年には11勝を記録し、オールスターゲームの出場メンバーにも選ばれた。

その後1977年暮れに、渡辺秀武と共に田中由郎との交換トレードで、ロッテオリオンズへ移籍。

オリオンズでも先発投手として活躍を続け、1979年に9勝し、翌年には自己最多の13勝を挙げた。以降は成績が振るわず、0勝に終わった1982年を最後に引退した。

引退後はかつらメーカーに勤務するなどしたが、最近では古巣の横浜で野球教室などのイベントにしばしば登場している。

右スリークォーターから、ストレート、内角をよぎるキレのあるシュート、タイミングが合わせづらいカーブ、決め球はスライダー。

一発を打たれるとカッとなるクセがある。

インコースを強気に攻めるピッチングを身上としている。

通算283試合登板
53勝62敗13S 防御率4.56

背番号
45 (1972年 - 1977年)
14 (1978年 - 1982年)

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質問した人からのコメント

2016/7/30 16:40:09

うひょおおおお

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