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南京事件は嘘八百の捏造では? 大政翼賛会ができるのは、まだずっと先ですよ...

asu********さん

2016/8/1305:25:29

南京事件は嘘八百の捏造では?


大政翼賛会ができるのは、まだずっと先ですよ。
この時点で第二次大戦末期のように検閲が自由自在だったとでも言うんですか?

共産主義賛美ならともかく、
この頃、言論弾圧なんてありませんよ。

一日で日本軍が強姦事件を千件も犯したですって、
どの新聞社も一面トップにデカデカと載せますよ。

17日は入城式でどの新聞社も新聞記者を山のように南京に送っていました。
千件も強姦事件があったら、日本中が騒然となっていますよ。

百歩ゆずって、
この時点で、第二次大戦末期のような検閲が行われていたとしましょう。

しかし、戦後はいくらでも語れたはずだ、そんな事があったのならね。


東京裁判の事実認定を紹介しましょう。
岩波新書 南京事件 笠原十九司 著 11ページより
引用開始
多くの兵は酔っていた。
それらしい徴発も口実もないのに
中国人の男女子供を無差別に殺しながら、
兵は街を歩き回り、
ついには、所によって大通りに被害者の死体が散乱したほどであった。
引用終了


が、しかし、左翼で虐殺派の笠原十九司さんさえ、このように主張しています。
柏書房 南京大虐殺否定論13の嘘
92ページより
引用開始
南京城内に進軍した日本軍が二〇万、三〇万の市民をよってたかって殺しまくったというのは、まったくの虚像である。
引用終了

ましてや、
南京安全区国際委員会から、日本大使館に提出された報告書では、
12月12日から2月7日までで、強姦された人は361人ですよ。
なんで、一日で強姦事件が千件起きているんですか(^0^)


南京事件のデタラメな事実認定は、外国人の嘘八百の証言によってなされました。

それらの嘘が通用しなくなったのは、
朝日新聞の新聞記者であり、
毎日新聞の新聞記者が、そんなものは嘘だ、と、語ったからなのです。
他の新聞記者も同様になかったといってますけどね。

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quk********さん

リクエストマッチ

2016/8/1309:17:22

大政翼賛会が無かったから検閲が無かったとか意味不明すぎます。まぁこれは一応置いておくとしても他の言い分も最低限の知識や思考能力くらい持ってください。

まず、「南京城内に進軍した日本軍が二〇万、三〇万の市民をよってたかって殺しまくったというのは、まったくの虚像である。」ってありますけど自分もそう思いますね。というかいったい誰がこれが事実だと主張しているのですか?少なくとも国内では私は知りませんね。そしてこれが虚像であるとなぜ南京事件が無かったことになるのか分かりません。あなたの中では南京城内で20万以上市民が殺されるか南京全域で被害者がいないの2択なのですか?一応基礎的な知識を言っておくと、南京事件の被害者=南京城内での被害者というわけではありません。南京事件は南京全域で長期間にわたって起こったことです。
つまりこれは別にあると主張している学者が言ってもいないようなことが嘘だと言っているだけ。原爆で1億人死んだというのはでたらめだ。だから原爆での被害者は存在しないと主張するのと同レベルですよ。

それと南京安全区国際委員会って外国人ですからね。そしてその361人って別に強姦された人数として報告されたわけではないです。第一確か南京安全区国際委員会のみの資料を正しいとした場合強姦の被害者数は数千人と裁判で判断されていたはずです。まぁ裁判はデタラメと主張するあなたにはこれは意味のない情報かもですね。
そもそも、その南京安全区国際委員会の報告書って事件はあるものとして報告されているんですよね。

というか、虐殺が行われていると主張している人間の主張が正しいのであれば、虐殺はあったということになるんですが…
仮にあると主張している1人に矛盾が見つかったとしても事件が無かったことにはなりません。もしそうならどんな事件だってテキトウなことを言う人間が一人でもいたらなかったことになっちゃいます。まぁ矛盾を指摘されてすらないんですけどね。それともこれで矛盾を指摘しているつもりになっているのか。いまいちわざわざ虐殺派の話を持ってきた理由が分からないんですよね。

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ut3********さん

2016/8/1700:35:41

>南京事件のデタラメな事実認定は、外国人の嘘八百の証言によってなされました。<

仰る通りです。
では、何故、特定の外国人はウソをいう必要があったのか。

1937年。ティンパリーは宣伝工作に参加するように勧誘され、財政部長宋子文から月1千ドルを受け取る事で合意。(米コーネル大図書館所蔵の資料)
中国国民党中央宣伝部のトップであった曽虚白の回想録に「金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼し、日本軍の南京大虐殺の目撃記録として二冊の本を書いてもらった」と記録されている。台北の国民党史館で所蔵の「国民党中央宣伝部国際宣伝処工作概要」(1941年)の「対敵宣伝本の編集製作」の部分にティンパーリーの「戦争とは何か-中国における日本の暴虐」は同機関が編集印刷した対敵宣伝書籍と明記されている。

人間、金の為なら人をも殺す。ウソを言えば金が貰えるなら、喜んでウソを言う。


質問者様と私の違い。

非戦闘員を皆殺したとされる期間(12月13日から約2カ月)に国際委員会は、日本大使館に69通(計424件)の抗議文を提出。
この抗議文を蒋介石政府が昭和14年に「南京安全区の記録」として出版。
この本を冨澤重信が(邦訳「南京安全地帯の記録」完訳と研究。)で展転社より出版。之によると、日本軍の民間人殺害(合法)は1人。

この本も、また、捏造です。金を貰っている南京国際委員会(ティンパーリーやスマイス)が、日本軍は強姦略奪をしていると、ウソの抗議文を南京の在日本大使館に提出。

殺人ですと、新しい死体が必要ですが、強姦・略奪は被害者の証言だけで、ウソをでっち上げられる。
そのデッチアゲの抗議文を利用(証拠)して、蒋介石政権は、日本軍は略奪・強姦をする匪賊・野盗の群れと言う、本を出版した。


即ち、昭和13年時点では南京事件は、デッチアゲの略奪・強姦事件でした。

その後、地球の裏側では、大量の略奪・強姦事件として報道され、更に、戦後は、大虐殺事件にデッチ上げられた。
しかも、大虐殺デッチアゲ論の首謀者に、日本の学者・秦郁彦等が協力している。

qff********さん

2016/8/1402:55:45

>一応基礎的な知識を言っておくと、南京事件の被害者=南京城内での
>被害者というわけではありません。南京事件は南京全域で長期間にわ
>たって起こったことです。

長期間とは、どの程度か意味不明ですが

東京裁判の判決文では「日本軍が入城してから6週間」としてます。

「南京全域」というのはデタラメです。

「南京大虐殺」を世界に告発した「戦争とは何か」(1938年、ティパリー編)では

「即ちこのようにして報告された事件は南京安全地帯だけを包含しているのであって、南京のその他のところは一月末まで事実上無人地帯であって、その全期間の大部分外国人の観察者はいなかったのである。」

と書かれていますので、南京城の一角に設けられた難民区である「南京安全地帯」が該当地域になります。

>南京事件の被害者=南京城内での被害者というわけではありません。

全くのデタラメです。

南京事件の被害者=南京城内の「南京安全地帯」での被害者ということになります。


>最低限の知識や思考能力くらい持ってください。

これは、そのまま「qukunos1さん」にあてはまることです(笑)


「南京安全地帯」で起きた日本軍の犯罪行為は住民の訴えにより記録されているのですが、この記録は「南京安全地帯の記録」という本に纏められて1939年に出版されています。

これによると、殺人は25件51人程度にすぎません。

この記録についても、報告を受けた在南京大使館員の福田篤泰氏は以下のように証言している。

「当時ぼくは寧海路の委員会本部に行くと、若者が次々と駆け込んできて、今どこどこで日本兵が輪姦しているとか、商品をかっぱらっているとか告げる。
それをマギー牧師やフイッチがタイプに打つ。そこで僕は、『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も抗議したことがある」


このように信憑性の薄い記録で、殺人の目撃証言もはっきりしない記録が多く、目撃者がわかっているのは2件のみ、それもゲリラの処刑、停止命令を無視した人間の射殺と合法行為である。


これが実態である。


これを裏づけように、戦後に南京での日本軍の犯罪行為の証人を探したときに1945年11月から翌年の2月までの調査で「証言をしない者が続出して、「虐殺」を否定した者さえいた」という記録(「南京地方法院検察処敵人罪行調査報告」)
がある。


さらに、中国国民党の機密文献と宣伝工作の責任者の自伝から「南京大虐殺」は中国側の宣伝工作であるということも判明している。

中国国民党の機密文献

→東京裁判の重要な証拠であった「戦争とは何か」という本は「中央宣伝部国際宣伝処工作概要」によると中国国民党が編集印刷した「対敵宣伝本」と記録されています。


宣伝工作の責任者の自伝

→曽虚白自伝(聯経出版社、1988年)

「我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔をだすべきではなく、 我々の抗戦の真相と政策を理解する国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。
・・・・金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、 日本軍の南京大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、印刷して発行することを決定した 。・・・書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した。 」


1次史料から検証すると、南京事件と呼ばれる住民被害はほとんどなく、中国側の謀略宣伝で捏造されたということになる。

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kir********さん

2016/8/1400:53:10

わけわからの質問だが、従軍記者は 「皇軍の威容のみ」を読者に伝える使命をおびています。
戦後に見られた「自由な報道」が許される記者ではありません

勿論、記事も写真も 検閲の対象です。日中戦争の「検閲不合格写真集」というのが1980年代になって発表されています

さすがに虐殺の写真はないが、悲惨な写真なら 不許可の印が押されています

kwa********さん

2016/8/1309:13:24

当時、既に検閲が行われていたか?
について、違う視点で見ますと、100人斬り が浮かびますね

1面に大きく取り上げられ
あたかも英雄の如く讃えられ、帰国後 自ら講演では
人殺しを語っていた本人

しかし、戦後、逮捕されるや
記事は捏造だと騒ぎちらしました

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