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豊臣秀吉にとっての天下統一は朝鮮を属国化することが要件であったのに対して、徳...

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mor********さん

2016/8/1418:18:19

豊臣秀吉にとっての天下統一は朝鮮を属国化することが要件であったのに対して、徳川家康にとってはそうではありませんでした。なぜこの違いが出たのかを教えてください。

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ogu********さん

2016/8/1423:45:28

ひとつには、家康は秀吉のおかげで、日本は銃大国であることをスペイン人やらポルトガル、オランダ人などにイメージづけてもらいましたから、その後はとてもやりやすかったのだと思います。
つまり、家康は、秀吉とちがって朝鮮や中国に手を出す姿勢を示さなくてもよくなったので、天下統一は日本を統一したあと、鎖国する、という手順だけでよくなったのです。
家康は信長や秀吉の恩恵を受けて、その後に天下統一を果たしていますが、それはまあ、個人的に統一できた、というのではなしに、時代の流れや先人のかなりの努力があったうえに成し得たのであり、まあ、天下統一はいわば共同作業だったのでしょうね。

もし、秀吉がちょっとやんちゃな朝鮮出兵などをしていなければ、家康も同じようなことを考えて、やったかもしれません。なぜなら、このとき、日本はヨーロッパ諸国から、植民地としてずいぶん狙われていたからです。現に長崎なんて、ローマカトリックの土地になっていましたし。

秀吉は天下統一のために朝鮮のことを考えたのではなく、天下統一とは無関係に、その時代の流れで、どうしようもなく、海外のことを考えざるを得なかったのですね。

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blu********さん

2016/8/1418:35:35

秀吉が朝鮮を属国にしようとしたことは、一度もないと思うけど???

前役は、明に攻め込むために、後役は明の使節に腹を立ててだったから。

秀吉が狂っていない限り、小西や宗の話が作り話であることは気付いていたはず。
神屋や納屋衆などからも真の朝鮮や明の実情は聞いていたので。

tyu********さん

2016/8/1418:27:04

勝ち進んで、調子こいてた頃は次はどこを攻める!となるが、
結局は無茶だった敗戦で、反省しているところで参勤交代など、
知恵があったから。

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