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大河ドラマの真田丸を見て思いましたが、ドラマでは片桐且元は大坂 冬の陣が始まる...

got********さん

2016/10/1115:00:52

大河ドラマの真田丸を見て思いましたが、ドラマでは片桐且元は大坂 冬の陣が始まる前に豊臣家を去り真田信繁に豊臣秀頼を託した書き方でしたが、

史実では確か片桐且元は何とか徳川と豊臣の戦を回避しようと奔走しましたが、毛利勝永や真田信繁の主戦派に追い出され、徳川方に嫌々味方して大和国に領地を貰いましたが、豊臣家が滅亡して直ぐに世を去った可哀想な人でしたがドラマでは何故にあっさり退場させたんでしょうか。

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ech********さん

2016/10/1118:19:28

①秀吉時代、摂津茨木城主一万石の大名となる。
②関ケ原の合戦。
③家康により、伊勢・播磨に所有していた六千三百石を没収される。代わりに、家康から大和国平群郡二万四千石を加増される。御恩奉公という考え方でいうなら、この時から片桐且元は豊臣家、徳川家の両方から恩を受ける立場となる。
④その後、徳川と豊臣のパイプ役的な立場となる。二条城の会見にも、大野修理とともに同席。
⑤方広寺鐘銘事件。通説で言うと、家康は片桐且元と大蔵卿局の間で極端に態度をたがえ、片桐且元には厳しい条件を出し、大蔵卿局に対しては温情的な態度を示した。
⑥大阪方で片桐且元に対する不信感が高まり、ついに片桐且元は大坂城から退去するに至る。
⑦家康による大坂征伐が始まる。大坂方は諸国の大名に激を飛ばして味方を募るがこれに応じる者は一人も居ない。
⑧やむなく大坂方は、浪人たちまで範囲を広げて味方を募る。毛利勝永、真田信繁ら五人などがこれに応じて大坂に馳せ参じてくる。

流れとしてはこういうことですね。

質問した人からのコメント

2016/10/17 23:11:14

分かりました。

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shi********さん

2016/10/1205:57:58

この頃の史実なんてかなりあやふやです。

自分もどれが真相なのか???です。

ban********さん

2016/10/1117:08:21

あなたの書く「史実」には、いくつかの誤認と、解釈の問題があります。
まず、片桐が退去したのは、真田信繁が入城する前です。ですから時系列的にもドラマは間違っていません。片桐は真田に追い出されたわけではありません。
片桐はもともと、幕府から城と領地をもらっている独立の大名であり、それと同時に豊臣秀頼との連絡役も勤める、という「付家老」的なポジションにあります。いわば豊臣家と幕府の間を良好に取り持つのが任務であり、豊臣が「幕府の下に付くことをあくまで拒否する」なら、退去して幕府の家臣に戻るのが道理、べつに徳川に「嫌々味方した」わけではありません。
豊臣家が滅亡して直ぐに世を去ったのは、過労死だと私は思います。かわいそうなひと、というのは賛成です。

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