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南京事件。

ut3********さん

2016/10/1215:13:49

南京事件。

秦郁彦のデッチアゲについて(5)

一、ところが民家を焼いて行く悪習は味方の後方部隊を苦しめることになったで、慌てた軍司令部は禁令を出した、
例えば歩兵第九旅団(国崎支隊)の陣中日誌に「会報ヲ開キ各隊ニ注意ス、1、何等ノ目的ナク故意ニ家屋ヲ焼却スルモノアルモ・・・
十分取締ラレ度」(十二月三日)とある。

命令の有無はともかく、住民の無差別殺害は現実に横行した。第十軍に従軍した前記の河野カメラマンは、「川沿いに、女たちが首だけ
出して隠れているのを引き揚げてぶっ殺し、陰部に竹を突きさしたりした。杭州湾から崑山まで、道端に延延とそういう死体が転がっていた。」
(証言記録・三光作戦)46p)という見聞を書きとどめている。p72.

(私見。蒋介石日記 11月30日「抗戦の果てに東南の豊かな地域が敗残兵の略奪場と化してしまった。戦争前には思いもよらなかった事態だ。(中略)撤兵時の略奪強姦など軍規逸脱の凄まじさにつき、世の軍事家が予防を考えるよう望むのみだ」
日本軍の前に中国の敗残兵が略奪・強姦していた。殺害も中国軍)


二、敗残兵や捕虜の処刑も当然のように続発した。第一八師団に下士官で従軍した作家火野葦平の『土と兵隊』にもいくつかの処刑場面が
描かれているが、同じ師団の村田和志郎伍長(歩百二十四連隊が書いた『日中戦争日記』には、少人数の女性殺害、捕虜斬殺が数件あるほか、

「十一月二十四日湖州城外で、三百人の捕虜が刺殺、焼殺された惨劇のあとを記している。
村田は、第六師団の仕業か?(略)下手人は前日に湖州へ突入した国崎支隊だったと思われる(秦の推測)

(私見、村田は殺害の現場は見ずに、焼死体を見て、何故、「捕虜」の中国兵と判断できたのか?
何故、現場を見ていない村田の話を聞いて、秦には,犯人は第六師団ではなく国崎支隊で、且つ、国崎支隊の不法殺害行為と解るのか。
更に言えば、殺し合いの戦場に死体があるのは当然で、焼死体=不法殺害、と言う秦は歴史学者として失格では?)




問 「南京事件」は、秦と中公新書の合意のもと自主的に廃刊すべきですか。





参考資料(民間人不法殺害)

①非戦闘員を皆殺したとされる期間(12月13日から約2カ月)に国際委員会は、日本大使館に69通(計424件)の抗議文を提出。
この抗議文を蒋介石政府が昭和14年に「南京安全区の記録」として出版。
この本を冨澤重信が(邦訳「南京安全地帯の記録」完訳と研究。)で展転社より出版。之によると日本軍の殺害(合法)は1人。

②秦郁彦の民間人殺害数の根拠はスマイスの『南京地区における戦争被害 ― 1937年12月から1938年3月・都市および農村調査 』 に依拠している。

③1937年。ドナルド・ティンパリーは、蒋介石夫妻の私的顧問の同じオーストラリア人ジャーナリストのウィアム・ヘンリー・ドナルドから宣伝工作に参加するように勧誘された。
財政部長宋子文から月1千ドルを受け取ることで合意。(米コーネル大図書館所蔵の資料)
中国国民党中央宣伝部(国際宣伝処)のトップであった曽虚白の回想録に「金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、
日本軍の南京大虐殺の目撃記録として二冊の本を書いてもらった」と記録されて、それ裏づけるように、
台北の国民党史館で所蔵されていた「国民党中央宣伝部国際宣伝処工作概要」(1941年)の「対敵宣伝本の編集製作」の部分にティンパーリの「戦争とは何か-中国における日本の暴虐」は同機関が編集印刷した対敵宣伝書籍と明記されている。

④12月6日「ヴォートリンの日記」
「UP(通信社)特派員のマクダニエルが今日話してくれた所では,昨日句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村人を1人残らず連れ出し,その後、村を焼き払っているのだ。全くの「焦土作戦」だ。農民達は城内に連れてきてくれるか、浦口経由で北方に追い払われた。
悪名高き清室空野(焦土)作戦。南京から10マイル(約16キロ)以内は全ての村を焼いた。
句容街道では、南京から江寧県湯山迄約25キロ、句容県句容城まで約50キロ焦土では、日本兵は民間人を殺せません。



最後に一言

中国南京の大屠殺記念館30万は確実に捏造です。

その証拠は蒋介石政府が出版した「DOCUMENTS OF THE NANKING SAFETY ZONE(南京安全地帯の記録)」です。

また、南京安全地帯の記録を日本語に訳したのが「南京安全地帯の記録 完訳と研究」冨澤繁信著 展転社出版。

本当に今の中国政府や中国人はウソツキの極みですね。

折角、言論自由の国「日本」に来たのに、南京捏造大屠殺を主張するなどアキレタ。

南京大屠殺の勉強よりも天安門事件を勉強すべきでしょう。

兎も角、日本を誹謗中傷する南京大屠殺記念館は閉鎖し中国政府及び中国人は日本人に謝罪すべきでしょう。

子曰 過而不改 是謂過矣 論語、衛霊公 30

補足最初から、回答のブロックですか。
私の反論を書きます。

良ければ、主張したい事が有れば、一つだけにしませんか。
なにも反論しないといけないので、阿南少将だけ、反論します。


> 陸軍省人事局長・阿南少将(のち大将、陸軍大臣)南京視察メモ
「軍紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪たえず」「婦人方面、殺人、不軍紀行為は、国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」<

捏造派の言う大虐殺は、「強姦、略奪たえず」ですか?
また、「婦人方面(強姦)殺人、不軍記行為は、国民的道義心の敗退」が大虐殺ですか。

阿南少将は上海で,日本外務省の売国奴から報告を聞いただけ、と言う説を聞いたことがあります。
また仮に、阿南少将が南京で調べたとしても、外務省職員からの方国を受けただけで、占拠当時の兵隊が残っていなかったのでは。

更に言えば、大虐殺があったなら、国連で大問題になっていますよ。
国連で、中国側が証拠としたのは、米国の新聞記事ですよ。しかも、伝聞記事

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xyx********さん

2016/10/1420:15:11

純粋に学術的な話をすれば「虐殺」の定義をしなければならない、日中歴史共同研究でも、犠牲者数に諸説があるのは虐殺の定義が明確でないからと述べられている。

「虐殺」についての学者の定義は以下のようなものがある。

◆秦郁彦(戦史研究家)

『南京事件』(中公新書 1986年) P186~187

「”虐殺”は、殺された人数の多少よりも、事件全体の性格、とくに組織性・計画性にかかわる概念らしいと見当がつく。」

◆北岡伸一(「日中歴史共同研究」日本側座長、東京大学名誉教授)

「日本の近代5 政党から軍部」(中央公論新社 1999年) P292

「南京事件は、atrocityと呼ばれているが、これは通常、意図的・計画的な抹殺をい指す。そうして決定があったかどうか、はなはだ疑問である。一部では旅団司令部レベルで、捕虜を処分するという決定があったといわれているが、これも疑問が多いといわれている。」



北岡氏は、虐殺があったという考えの持ち主であるから、歯切れが悪く「決定」という言葉は使っているが、要は「命令」である。

そして「命令」があったかどうか疑問であると、とぼけたことを書いているが南京攻略戦を前にした12月7日、「中支那方面軍」が発令した「南京城攻略要領」で「不法行為を厳禁」しており、「虐殺」を命令した事実はない。

この時点で「虐殺説」は破綻しており、南京攻略戦は一般の通常戦と同じであったと解釈できる。


◆『偕行』1985年3月号
「証言による南京戦史」(最終回)<その総括的考察>


陸軍士官学校42期 加登川幸太郎氏(元日本テレビ社長)が以下のように述べている。

「戦争という異常事態の場で、「不法行為がゼロであった」という戦場が、古往今来、どこかにあったであろうか。
例えば大東亜戦争の末期の満洲の戦場はどうか、ヨーロッパの戦場では、ベトナムではどうなのか。ゆえに「ゼロ」を立証することは、戦争である以上、初めから出来ない話なのである。
一方、「ゼロでなかったから」と従軍将兵ことごとくを責めたてることも、無理だとは言わぬが、酷にすぐるのである。責めらるべきは戦争そのものであろう。」




「虐殺信者」は、どの戦場でも発生していた不法行為を、不見識に「虐殺」だと言い立てているにすぎない。


○市民の被害

◆「NYタイムズ 12/8」

「南京防衛軍の司令官唐生智は、市が戦闘地区に入ったと宣言し
「すべての非戦闘員は国際管理下の安全地帯に終結しなければならない」
と、布告した。市内他地区での移動は、
黄色の腕章に特別の印で示される特別許可証所有者を除いて禁じられる。」

◆第6号文書(Z 9) 南京安全区国際委員会 T-6
寧海路5号 1937年12月17日(抜粋)

「言いかえれば、13日に貴軍が入城したときに我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めていましたが、・・・」


このように南京の難民区である「安全地帯」に南京市に残留した市民が集められた。
「虐殺信者」が安全地帯の他にも大勢いたという主張をしているが、公式文献を無視したデタラメである。


◆「南京安全地帯の記録」(1939年)
外交部顧問を務めたこともある燕京大学教授徐淑希が国際委員会の抗議文書を集めて編集したものである。


「安全地帯」を管理していた安全委員会が日本大使館(在南京)に対して毎日のように「被害届」を提出していたが、殺人の総件数は殺人事件は26件、被害者は52人にすぎない。

(冨澤氏によると、あちこちに散らばっている記述の解釈の仕方によって件数が27になったり、被害者数が49人になったりするそうだが、大した違いではない)


◆『戦争とは何か―中国における日本軍の暴虐』
(ハロルド・J・ティンパーリイ 編 1938年)173頁

この被害届について、以下のように紹介されている。

「即ちこのようにして報告された事件は南京安全地帯だけを包含しているのであって、南京のその他のところは一月末まで事実上無人地帯であって、その全期間の大部分外国人の観察者はいなかったのである。」


南京攻略戦における市民の被害は「安全地帯」のみであり、この記録が被害のすべてであると述べている。

ただ、この被害届については、報告を受けていた在南京日本大使館外交官捕の福田篤泰氏は以下の証言をしている。

◆「じゅん刊 世界と日本」昭和59年6月15日号 P78~P80

「委員会からの申し入れや抗議の多くは、裏づけも証拠もないいい加減なもので、こちらからもしばしば抗議した。 私も外人が被害届を、よく調べもせず片っ端からタイプしているのを見て怒ったことがある。略奪中というので、参議を連れて現場に急行したが、全くその気配もなかったことがある。この時はアメリカ領事が陳謝した。」


このように、この被害届も信憑性の薄いもので、実態として不法殺人について確証のあるものはなかったと考えてよい。


◆まとめ

参考のために、独ソ戦のスターリングラード攻防戦では、攻防戦が終結した時点で戦前は60万を数えたスターリングラードの住民はわずか9796名に激減していたが、「スターリングラード大虐殺」とはいわれない。

ドイツの場合「ホロコースト」があるからかもしれないが、実態として「市民」の被害がほとんどないにも関わらず「南京大虐殺」と称するのは日本が負けたがゆえの「誹謗中傷」にすぎない。


以上

  • 質問者

    ut3********さん

    2016/10/1514:05:28

    仰る通りです。
    誹謗中傷の書(抗議文集)である「南京安全地帯の記録」でさえ、日本軍の殺害は1人です。

    殺人には新しい死体が必要だが、強姦・略奪は証言のみで良いのでデッチアゲられる。
    ですから、強姦・略奪の数は、割り引いて、見るべきです。

    ただ、論点が、大虐殺(1万以上)ですから、十分に大虐殺を否定するにたる、証拠となりうる。

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質問した人からのコメント

2016/10/19 16:16:14

回答ありがとうございました。

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kou********さん

2016/10/1407:18:37

別に秦郁彦やティンパリーに教えてもらわなくても、当時の大日本帝国陸軍の将軍たち、実戦に参加した師団長や兵士たち、日本から行った従軍記者などの証言、従軍日誌があります。

「南京大虐殺否定派」は「あったか、無かったか」ではなく、無かったに決まっている、無かったに決まっている事にいくら証拠を出されても信じない、、、それに凝り固まった人達です。

昭和天皇の末弟の三笠宮は陸軍士官学校出身の将校で南京にも勤務した事がありますが、否定派にかかると三笠宮すら共産主義に毒されたウソつきになってしまうのだから困ったものです。

帝国陸軍の軍人たちが証明しているにも拘わらず、当時生まれてもいなかった人たちが「無かったに決まっている!」と言うのは滑稽ですね。

以下は私の「意見」ではありません。誰でも見ることが出来る資料です。もちろんこれがすべてではありませんが、御参考まで。

南京大虐殺否定派が一番好きなウソは「人口20万の南京で30万も殺せない」と。あの当時の南京の人口に関し信頼出来る唯一の資料は1937年11月23日に南京市長が国民政府に出した報告、「調査によれば本市の人口は50万余。将来はおよそ20万ほどの難民が予想されるので食糧の送付が必要」、と。南京戦の前なので市長がウソをつく必要はない。20万は人口ではなく、難民の数です

この50万+南京守備の中国軍10~13万=約60万。30万殺そうと思えば殺せた。実数は正確には分らないでしょうが。

日本軍は南京を8年間も占領、証拠になるものは徹底的に廃却。更に終戦時に大量の資料を焼却。それでも少し残っている資料からだけでも数万の大虐殺があった事は明らかです。否定派はこれもウソだと言いますが、質問者さんが御自分で判断して下さい。

更に言うと、歴史の勉強が足りない人たちは(笑)当時、蒋介石は特に「南京大虐殺」について抗議しなかったと言いたがります。日本が敗戦すると早速蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産軍の戦争が数年のわたって激化、「南京」どころではなかったのですよ。

陸軍省人事局長・阿南少将(のち大将、陸軍大臣)南京視察メモ
「軍紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪たえず」「婦人方面、殺人、不軍紀行為は、国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」

第11軍司令官・岡村寧次中将(のち大将)の回顧録
「派遣軍第一線は給養困難を名として俘虜の多くはこれを殺すの悪弊あり。南京攻略時において約四、五万に上がる大殺戮、市民にたいする掠奪強姦多数ありしことは事実なるが如し」

中島今朝吾第十六師団長の従軍日誌
「佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約千三百」「大体捕虜はせぬ方針なれば片端よりこれを片付ける事となし(軍隊用語で「処理」「片付ける」は虐殺)

第百四師団第六十六連隊第一大隊 戦闘詳報(日本軍の正式報告書)
「旅団命令により捕虜は全部殺すべし」

陸軍飛行第八大隊・井出純二軍曹の手記
「いよいよ処刑が始まった、捕虜はおとなしく座り込んでいる。それを次々に斬って死体を水面(=揚子江)にけり落としている。三十分近く見物したあとで胸が悪くなった」

山田支隊山砲兵第19連隊第3大隊黒須忠信上等兵の陣中日記
「二、三日前捕虜せし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出して機関銃をもって射殺す。その後銃剣にて思う存分突き刺す。ウーンウーンとうめく支那兵の声、年寄りも子供もいる。一人残らず殺す。刀を借りて首も切ってみた」

第十六師団・小原主計少尉の日記
「およそ310名の正規軍を捕虜にしたので見に行った、間もなく一人ずつ一丁ばかり離れた所へ引き出し兵隊二百人ばかりで全部突き殺す。中に女一名あり、殺して陰部に木片を突っ込む」

同盟通信社・新井正義記者の手記
「校舎の一角に収容してある捕虜を校庭に引き出し、下士官がそれを前方の防空壕の方へ走らせる。待ち構えた兵隊が銃剣で背後から突く。悲鳴をあげて壕に転げ落ちると、更に上からとどめをさす。それを三ヶ所で平行してやっていた。壕の中には鮮血でまみれた死体が重なっていく。交代で突き刺す側の兵隊も蒼白な顔をしている」

日本陸軍第十軍嘱託カメラマン河野公輝の話
「銃剣で刺すなんて生易しいものではなく、棍棒でぶっ殺す。男も女も区別はなかった。バクッと叩くと血がぶあーっと噴き出してね。蘇州の女というのがまたきれいでね。兵隊は手当たり次第に強姦して、やったあとは殺していたな」「川沿いに女たちが首だけ出して隠れているのを引き揚げてはぶっ殺し、陰部に竹を突きさしたりした。杭州湾から崑山まで道端に延々とそういう死体がころがっていた」

陸軍次官「支那事変地ヨリ帰還ノ軍隊・軍人ノ状況」の資料から(兵士の私信を検閲したもの):
「ある村で親子4人を捕らえ、娘は女郎同様にもてあそんでいたが、親が余り娘を返せというので親は殺し、娘は部隊出発まで相変わらずもてあそんで、部隊が移動する時に殺した」

日本軍の軍律の崩壊、軍紀風紀の低下はひどく、あの幕府山事件で悪名高い山田支隊長ですら従軍日誌で嘆いています(大略)

・上官に敬礼しない、呼んでも返事しない者が多い。
・服装 指輪、首巻、脚袢に異様のものを巻く
(東中野修道センセイはこういう事を知らないので南京関係の写真の日本兵の服装について恥をかいた)
・行軍している時に勝手に離れて民家に入る。
・放火、強姦、掠奪
・皆泥棒の寄り集りとも評すべきか。師団司令部でもボヤボヤしておれば何んでも無くなる。馬まで奪られた。
・連日の放火について注意しても改まらない。放火狂に等しい。
・物を取って不要のものは皆投げ捨て、自分が取ってあとの不要のものはひっくり返して踏みにじる。
・火つけ、泥棒、人殺し、勝手し放題

昭和天皇の弟・三笠宮(陸軍士官学校出身)
「一九四三年一月、私は支那派遣軍参謀に補せられ南京の総司令部に赴任しました。そして一年間在勤しましたが、その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました。ここではごくわずかしか例をあげられませんが、それはまさに氷山の一角に過ぎないものとお考えください、、、」

陸軍将校の親睦団体である偕行社も会員からのアンケートに基づいて南京で大虐殺が行なわれた事を認め、中国市民に謝罪しました。武士らしい潔い態度ですね。

なお、天安門事件もひどいものでしたが、南京事件とは規模が違う。しかも天安門は中国と言う外国の国内問題。南京は日本が中国という外国を侵略していた時に起こした残虐事件でした。

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