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リンク先がどうしても見られません。 内容を簡潔に教えて下さい。 都市伝説と...

iwa********さん

2008/5/2922:12:48

リンク先がどうしても見られません。
内容を簡潔に教えて下さい。

都市伝説という項目をこちらで見て、こわごわ、見てみたのですが外部リンクは殆ど閲覧不可の契約をしているため見られませんでした。
そのうちどこか

公共の施設でパソコンが置いてある所で見てみようと思っていたのですが、自宅療養中なので最近こちらを知り運動できない為かかりっきりになって色々見ていましたら、同じ姿勢をしていた為療養のはずが腰痛を悪化させてしまいました。
治療を兼ねて少しの間入院する事になりました。

ビクビクしながらも都市伝説について嘘か本当かと思っていた項目があったのに分らずじまいで気になります。

そこで、リンク先を書きますので見る事が可能な方、家族が口頭で説明できる程度にここに説明を書いて頂けませんか?
留守中、家族に答えがあったら教えて貰います。
ベストアンサーは家族に任せますのでコメント無しのものになりますが、ご了承下さい。
家族の誰に頼むかで投票になるかも知れません。

折角色々な事に私も答えてコインを貰ったりしたのに、退院しても当分パソコンは禁じられる事と思いますので、貯めていてもしょうがないので最高の500枚を差し上げます。

些細な事ですが、気になりますのでよろしく御願いします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%97%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9B%9C%E...
この一番下の外部リンクの上から3つ目です。

簡潔にとお書きしましたが、
・本当か否か
・本当でないなら、トリックとかこういう理由でと書いてあったか
・写真付や写真つき説明だったか
・本当だと書いてあったならその理由が示されていたか

を御願いします。

では、他の過去の質問も締め切って明日に備えます。
ありがとうございました。

よろしく御願いします

閲覧数:
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回答数:
1
お礼:
500枚

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ベストアンサーに選ばれた回答

wha********さん

2008/5/3001:25:06

・本当か否か…自殺の公式な記録のソースはないようです(古い事件なのでしょうがないかも)
・写真付や写真つき説明だったか…作曲者の写真のみです
・本当ならその理由が示されていたか
・本当でないなら、トリックとかこういう理由でと書いてあったか…因果関係はあったともなかったとも言えます

以下要約です

1936年2月、ハンガリーのブダペスト市警が靴屋主人の死亡現場を調査中、奇妙な遺書を発見した。
その遺書には、とある歌の一節が引用されていた。歌の名は、「暗い日曜日(Gloomy Sunday)」。
ブダペストでは、既にこの歌に関連した17人の自殺者が出ていた。
理由は定かではないが、相次ぐ自殺と「暗い日曜日」が繋がっていることは、もはや否定出来ない事実だった。
間も無く、当局は「暗い日曜日」の販売と演奏の禁止に踏み切った。

しかしこの"死の連鎖"は止まらなかった。「暗い日曜日」は、既に海外へと輸出されていたのである。

世界各地で「暗い日曜日」に関連した自殺が相次ぎ、もはや各国の放送局が無視できぬほど、大きな騒動となっていた。
最初に自粛を行ったのは、英国のBBC。次いで米国のラジオネットワーク各局もすぐに追従。
フランスのラジオ局では、心理学者を呼び、「暗い日曜日」が精神に及ぼす効果の検証を行った。
しかし原因は全く掴めぬまま、"犠牲者"の数だけが増え続けた。最終的に、その数は100人以上にのぼったとも言われる。

「暗い日曜日」は、1933年、ハンガリーの作曲家シェレッシュ・レジェー(レッソ・セレシュ)によって
作曲された(作詞ヤーヴォル・ラースロー)。
失恋体験後に書かれたこの曲は極私的なものであり、決して誰にも理解出来ない、と考えていたが
制作から三年後、シェレッシュがこの曲を世間に発表すると、"意外にも"「暗い日曜日」は大ヒットとなった。
ヒットを喜んだシェレッシュは、曲を生むきっかけとなったかつての恋人に連絡した。
これを機会に、もう一度よりを戻そうとしたのである。しかしそこで最初の悲劇は起きた。
連絡を受けたその女性が、翌日、遺体として発見されたのだ。
服毒自殺した彼女の手元の遺書には、こう記されていた。「・・・暗い・・・・日曜日」。

後に、シェレッシュは当時を次のように回想している。
「作曲者として得た圧倒的な名声は、私を酷く傷つけていた。
だから私は、絶望する心の叫びの全てをこの曲にぶつけていた。
この曲を聴いた人は、私が抱いた心の叫びを、自らの中に見いだしてしまうのかもしれない。」

事件から時が経ち、騒動が一段落した頃、BBCは「歌のない演奏のみのバージョン」という条件付きで、
「暗い日曜日」を放送することを決定した。
しかし、放送再開から間も無いある晩のこと、ロンドン市警に一本の通報が入った。
アパートの一室から、延々と同じ音楽が流れ続けているという奇妙な通報だった。

警官がアパートのドアをノックしたが、反応はない。警官がドアを蹴破って部屋に入ると、
そこには女性の遺体が横たわっていた。その側では、自動蓄音機がただ延々と「暗い日曜日」をリピートしていた
(死因は鎮痛剤の過剰摂取だったという)。
結局、BBCは再びこの曲の放送を自粛せざるを得なくなり、現代まで、その禁は解かれていない。

現在では、世界中で数多くのミュージシャン達によってカバーされ、完全に定着しているようである。
それ故なぜ、あの時代、多くの人々がこの歌の為に次々と命を絶ったか、その謎は深まるばかりである。

例えば、こんな仮説もある。
”自殺を生み出していた本当の原因は、あの時代の重苦しい空気だった
(1930年代は、世界的不況と政治的緊張が続いた。第二次世界大戦は1939年勃発)。
つまり、この音楽は、 — 多くの名曲がそう言われるように — 時代の空気を余りに生々しく引き受けたために、
時代を最も鮮明な形で象徴してしまった。結果、その旋律は、人々の感情をある衝動へと駆り立てる
きっかけとしての機能を果たしてしまったのだ”。

様々な解釈が可能であろう。
最後に一つだけ、どうしても触れておかなければならない事実がある。
それはこの曲にまつわる一連の現象が如何なるものであったにせよ、
作曲者のシェレッシュ自身、自分が生み出したこの歌の持つ強烈な”何か”から、
決して逃れることは出来なかったということである。1968年当時の新聞は、その男の死を、次のように報じている。

【ブダペスト1968年1月13日】
作曲家シェレッシュ・レジェーが、昨日、自殺体で発見された。当局の発表によれば、
先週の日曜、69歳の誕生日を迎えたシェレッシュは、自宅の窓から飛び降り、死亡したという。

質問した人からのコメント

2008/6/4 00:33:59

ありがとうございました。
伝えました。
すっきりしたと喜んでいました。

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