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なぜ知識を体系化する必要があるのでしょうか?

man********さん

2017/1/1710:14:37

なぜ知識を体系化する必要があるのでしょうか?

学者はいちいち知識を体系化しようとします。例えば、経済政策の目的を分類整理して並べます。しかし僕には学者がこの行為を何のために行なっているかがわかりません。

経済政策を行うに当たって体系化せずとも個別具体的にこれまで行なってきた経済政策のケーススタディを踏まえて現状を考えて経済政策を行う。これではなぜダメなのでしょうか?

なぜわざわざ分類整理したがるのでしょうか?分類することに意味があるのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

eis********さん

2017/1/1715:50:32

ダブリや欠落が分かるじゃん
体系化することで 新たな知識が得られる

情報を体系化するのは 人間の本能みたいなもん
記憶や理解 学習の早道
学者はそれを専門的にやってるだけ (*^-°)v

質問した人からのコメント

2017/1/24 10:33:49

みなさん、回答くださり本当にありがとうとございました。個別では見えない事案が見えてくる、新しい知識が得られる、検索効率の向上、汎用性の担保、ネタ、知りたい極めたいは本能、流れが見える、硬直化というデメリットもある、など。特に、記憶理解学習の早道として体系化するのは本能で学者は専門的にそれをやっているだけだというのに深く納得いたしました。本当にありがとうございました。

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iri********さん

2017/1/1721:00:36

分類する事によって個別の事案では
見え無い事が見えて来るからです。
どんな事にも逆の行動が存在します。
個別の案件では、もしこうだったら?の
たら、ればの推測の範囲を出ない物が
同様の案件で逆の行動が行われた場合の
実際の事案を探して当てはめられれば
さらに深い考察に至る事が出来ます。
分類して判りやすくしておく事で
その先の考察に至る足がかりになるのですよ。

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桃太楼さん

2017/1/1714:06:06

簡単にいうと、分類化することによって効率化が図れるから。
学問として体系化することに関しては、ぶっちゃけ場合によっては学問のための学問になりかねないことはあります。

しかし、質問にあるような、
>経済政策を行うに当たって体系化せずとも個別具体的にこれまで行なってきた経済政策のケーススタディを踏まえて現状を考えて経済政策を行う。
「ケーススタディを踏まえて現状を考えて」という部分に関しては、体系化された知識というものは次の一手を考える上において非常に効率的です。
要するに知識の体系化というのは、知識をインデックス化するということであり、それだけでも検索効率が上がるということは理解いただけますでしょうか。
ある意味、知識の体系化というものはそれだけのためでも効用のある物なのですよ。

工学関係の場合、さらに数値化、数式化という作業があります。
これは、これを行わないと汎用性に乏しいものになってしまい、ケースバイケースの対応しかできなくなるためです。

yom********さん

2017/1/1711:45:13

以前、私の知り合いで「移住する可能性のある月や火星の研究をするなら意味が分かるが、そんな可能性のない銀河系の彼方の研究をして何の意味があるのか?」と言った人がいた。

それと同じようなもんじゃないですかな。
それと何であれ、分類整理すればそれを論文化できます。
つまり学者にとって「ネタ」になります。

2017/1/1711:35:52

再生核研究所声明286(2016.02.11) 細分化、専門家、単細胞、孤立化から総合化、統一へ

平和が長く続けば、社会は発展して自由な活動が進み、人々はおのれの関心、興味に従ってどんどんおのが世界を深化、拡大できる。社会が貧しければ、人間は居・食・住など,生物の基本的な欲求を満たす努力に多くの労力を掛けざるを得ない。世界史を顧みれば、愚かな人類史、闘争、戦争等のために如何に大きな労力を払ってきたかを 人類の愚かさの象徴として理解できよう。
個性に基づく、道の追求、興味の追求は 研究の発展と同様、細分化、専門化を多くの場合招き、相互の共感、共鳴、理解を得るのが難しくなる。数学などの抽象的な理論の世界など典型であるが、宗教、茶道、芸術などにも世に多いが、分からなくても理解し易い世界も、スポーツや音楽、美術など世に多い。理解しやすい分野では、評価もしやすく、社会的に大きな影響を与える現実がある。
スポーツなど内実的にはそれほどの深い意義があるわけではないが、関与している人々が所謂有名人になる要素が強いために、発言の影響力が大きい現実がある。それらの延長で、政界への出進も世情をににやかにしている。有名人でなければ、大統領候補にもなれない現実は 民主国家では基本的に存在する。
政治は大きな世界であり、個々の人生、世界を結びつける外面的には中心的な課題ではないだろうか。
専門家、個別化、趣味の世界に深まっても政治の大事な問題については、共通の話題の世界として、重視して行きたい。政治とは 国家とはどのようにあるべきか、社会はどのようにあるべきか の問題と理解できる。
個人の問題では、人生、世界、生命、宗教など共通の基本的な関心が深いが、 それらは人間の真智への愛に基づく共感、共鳴が個々の人間を結びつける素になるのではないだろうか。 実際、 人間の共通の真の話題とは、生物的な本能を超えては、次のようになるだろう:
人間と人生についても、人間存在の原理として、人間とは 知り、求めていく存在であるとして、
― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
人間は何でも知りたい、究めたい、それが本能である。これは要するに 神の意思を知りたい ということである。
人間は 所詮は個人としては、単細胞的能力、視野、独断と偏見に満ちた存在であるが、上記2面の共通の課題についても、自分の世界を超えて、関心、興味を抱いて行きたい。

以 上

2017/1/1711:33:39

個別だと流れが見えてこないでしょ?
理論を体系化すればこうすればこうなるというのが見えてくるので政策が行いやすいのですよ。
反面、硬直化し新しいことに乗り出すのは容易ではないというデメリットもでますが。

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