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アパホテルが南京大虐殺は捏造とする書籍を置いて、炎上しました。 南京大虐殺は...

tit********さん

2017/1/2914:10:51

アパホテルが南京大虐殺は捏造とする書籍を置いて、炎上しました。
南京大虐殺は本当にあったと思いますか?


通州事件についてどの様に考えていますか?

※通州事件
中国の通州において中国人部隊が日本人居留民を襲撃し、大量虐殺した事件。
日本人居留民の385名のうち223名が虐殺され、女性はほとんど強姦されて殺害され、殺害方法も猟奇的なものがおおかった。
大勢で強姦した後、生きたまま陰部を切り刻まれたり、刃物でえぐられたり、ほうきを刺されたり。

天安門64

補足WGIPの反日史観から抜け出せない、老人以外まともな回答が多かった!
通州事件や天安門64を併記したら、五毛党みたいな工作員は現れにくいのは本当だね!
反日老害うざいなー。

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boe********さん

2017/1/2917:24:26

日本人は近現代の正しい歴史を知っている人が少ないから満足な反論ができないんだ。
もっと学校で近現代の正しい歴史を詳しく教えなければならない。
社会科だけでなく道徳の時間なども使って、もっと多くの時間を割いて実践的な学習をすべきだ。
盧溝橋事件、通州事件、大山大尉惨殺事件、第二次上海事変なんて学校で教わった記憶がない。

アパホテル、素晴らしい。
よく調べている。
自信があるのだろう。
どこからでもかかってこい、と。
日本政府や外務省も是非見習うべき姿勢だ。
中国外務省が事実に基づいた反論が出来ずに不当な圧力をアパホテルにかけたこと自体、中国外務省自らが「南京大虐殺は捏造」と認めたに等しい。
中国が取り乱すほどに本の中身が素晴らしく、核心を突いているということだろう。

アパホテル
客室設置の書籍について
https://www.apa.co.jp/newsrelease/8325
弊社ホテル客室に設置している『本当の日本の歴史 理論近現代史』等について、南京大虐殺を否定するものだとして批判的に取り上げる動画がインターネット上にアップされたことをきっかけに、昨日からご意見やお問い合わせをいただいていますので、ここで弊社の見解を述べさせていただきます。
ご指摘のあった書籍は、本当の日本の歴史を広く知っていただくことを目的として、弊社グループ代表の元谷外志雄が「藤誠志」のペンネームで月刊誌『Apple Town』に連載している社会時評エッセイを1年分まとめたものに、まえがきとして解説を付して制作したもので、日本語の他に、英語訳も付いています。
本書籍の中の近現代史にかかわる部分については、いわゆる定説と言われるものに囚われず、著者が数多くの資料等を解析し、理論的に導き出した見解に基づいて書かれたものです。国によって歴史認識や歴史教育が異なることは認識していますが、本書籍は特定の国や国民を批判することを目的としたものではなく、あくまで事実に基づいて本当の歴史を知ることを目的としたものです。したがって、異なる立場の方から批判されたことを以って、本書籍を客室から撤去することは考えておりません。日本には言論の自由が保証されており、一方的な圧力によって主張を撤回するようなことは許されてはならないと考えます。なお、末尾に本書籍P6に記載しています、南京大虐殺に関する見解を掲載いたしますので、事実に基づいて本書籍の記載内容の誤りをご指摘いただけるのであれば、参考にさせていただきたいと考えています。

『本当の日本の歴史 理論近現代史学』P6
二、南京三十万人大虐殺
中国は日本軍が南京で三十万人を虐殺したと主張しているが、そもそも当時の南京市の人口は二十万人であり、三十万人を虐殺し、その一ヶ月後には人口が二十五万人に増えていたなどあり得ないことだ。しかも国民党中央宣伝部に雇われていた二人を除いて、欧米人など第三国の人が虐殺を目撃した日記も手紙も写真も、記録したものが一つもないことなど、更には、上海大学の朱学勤教授が「いわゆる南京大虐殺の被害者名簿というものは、ただの一人分も存在していない」と論文で発表したにもかかわらず、辞職もさせられていないことなどから、いわゆる南京虐殺事件が中国側のでっちあげであり、存在しなかったことは明らかである。
そもそも日本軍が南京に侵攻したのは、一九三六年、張学良が蒋介石を西安で拉致監禁した西安事件をきっかけに、コミンテルンの指導で第二次国共合作が成立したことで、国民党政府軍は中国共産党への攻撃をやめ、国民党政府軍に共産党勢力が入り込み、日本軍を挑発して、日本を戦争へ引きずり込んでいったことが背景にある。
一九三七年七月七日、中国盧溝橋付近で北京議定書に基づき合法的に駐留していた日本軍の軍事演習中に、日本軍とその近くにいた国民党政府軍の双方に対して実弾が発射されたことをきっかけに、戦闘状態になった(盧溝橋事件)。この双方への発砲は、後に中国共産党国家主席となった劉少奇(りゅうしょうき)が指示したものであることを、彼自身が告白している。事件不拡大を望んだ日本軍は、その四日後には停戦協定を結んでいる。
しかし、日本を激怒させ国民党政府軍と戦争をさせる為に、同年七月二十九日、中国保安隊によって日本人婦女子を含む二百二十三人が残虐に虐殺された「通州事件」や、同年八月九日に起こった「大山大尉惨殺事件」、更には、同年八月十三日、国民党政府軍に潜入していたコミンテルンのスパイである南京上海防衛隊司令官の張治中(ちょうじちゅう)の謀略によって、上海に合法的に駐留していた日本海軍陸戦隊四千二百人に対して、三万人の国民党政府軍が総攻撃を仕掛けた第二次上海事変を起こすなど、中国は日本に対して次々に挑発を繰り返し、それまで自重し冷静な対応を取っていた日本も、中国との全面戦争を余儀なくされたのであり、不当に日本が中国を侵略したわけではない。
上海事変で勝利した日本軍は、敗走する国民党政府軍を追撃し、国民党政府の首都であった南京を攻略し、同年十二月十三日に南京占領。このとき敗残兵が住民に対して略奪、虐殺を行なった。それらの敗残兵が民間人の衣服を奪って便衣兵(ゲリラ)となったことから、日本軍は便衣兵の掃討作戦を行った。便衣兵(ゲリラ)の殺害は国際法上認められているものであり、一般住民を虐殺したのはこの敗残兵達(督戦隊が撃ち殺したのは、逃亡中国兵であった。)であった。しかし、こうした事実が歪められて、情報謀略戦として、「南京三十万人虐殺説」が流布されたのである。そもそも既に南京を攻略した日本軍にとって、南京で虐殺行為をする理由はない。一方、通州事件や大山大尉惨殺事件、第二次上海事件などでの日本人に対する残虐行為には、日本軍を挑発し、国民党政府軍との戦争に引きずり込むというコミンテルンの明確な意図があったのである。

理論 近現代史学
数々の事実を付き合わせ、あり得ることかあり得ないことか考えて、矛盾なく、理論的に説明ができる近現代史が、理論近現代史である
「南京大虐殺」が「虚構である」証拠の数々
1.まず、「『南京大虐殺なること』に関する『犠牲者名簿なるもの』は唯の一人分も無い。」(上海大学歴史学部・朱学勤教授による。平成十九年十二月二十日付産経新聞)。この一点だけ捉えても「南京大虐殺なること」が如何に荒唐無稽な作り話であるかは既に立証された様なものである。(仮に、「南京大虐殺」なることが真実であるならば、「三十万人」という数字の何割かの「犠牲者名簿」が存在しないはずがない。)
2.「南京大虐殺」の犠牲者は、「三十万人」ということになっているが、日本軍が南京を制圧した昭和十二年十二月十三日当時、南京市内には、約二十万人の民間人しかいなかったという記録があり、併せて、約一カ月後、昭和十三年一月十四日の時点では、人口が五万人以上増えて、約二十五万人~三十万人になっていたという「南京安全区国際委員会記録」が残っている(田中正明著『南京事件の総括』二十九頁)。
3.日本軍が南京を占領する約一カ月前、昭和十二年十一月より翌年の九月迄、蒋介石率いる国民党は、ほぼ毎日の様に、欧米のマスコミ関係者を集めて、記者会見を開き、日本軍に対するイメージダウンの目的で、日本軍の不法行為等について嘘八百の発表、宣伝工作を続けていた。そして、その回数は延べ三〇〇回にも及んだという。処が、当時、国民党は「南京大虐殺」などという事を一度も言ったことが無かったという。何故か?それは、その様な事は全く起きていなかったから言わなかっただけである。仮に、当時、南京で「大虐殺」が起きていたならば、其の事を其の記者会見の場で取り上げないはずがなかったであろう。
4.「南京大虐殺記念館」等に展示されている写真は、全て合成写真または、「通州事件」等、中国人が日本人を虐殺した写真を始めとする、全く別の写真であることが、東中野修道教授(亜細亜大学)によって証明されている。もしも、南京大虐殺なる事が真実であるならば、その証拠写真が一枚も無いはずがない(東中野修道・小林進・福永慎次郎共著『南京事件「証拠写真」を検証する』草思社)。 (所謂)「南京大虐殺なること」が有ったと問答無用で決めつけたのは、「極東国際軍事裁判」、(所謂)「東京裁判」の中である。それでは同裁判の内容は一体如何なるものであったのか? 東京裁判を傍聴した冨士信夫氏は、『南京大虐殺はこうしてつくられた』(展転社)の中で、「南京大虐殺」なることが全くの虚構であることを裁判記録として記している。
5.朝日新聞は昭和十二年十二月二十日の朝刊半頁を費やして、『甦る平和都市南京』と題する(平和この上ない、当時の南京の)写真特集を掲載している。この風景こそ虐殺否定の何よりの証拠と言えよう(『南京大虐殺の総括』三十二頁)。
6.「南京に大虐殺が有ったと言う様な記録は、中国側の第一級公式資料である何應欽上将の軍事報告の中にさえ、その片鱗も見出せない。」(『南京事件の総括』八十二頁)。
7.「当時、朝日、東日、読売、日経、など全国紙の各支局を始め、地方紙や通信社も、南京に特派員を派遣していた。これらのプレスマンが異口同音に言うことは、『東京裁判で、南京でのあの様な事件が有ったと聞いて驚いた。』」(同百十一頁)。
8.「中国国民党が、作り話を含めて、日本軍の不法行為を糾弾する為に、一九三八年七月七日、国民党の中央宣伝部が「印刷」した蒋介石の『国民に告ぐる書』のどこを探しても、そこには『南京大虐殺』の文字は見当たらない」(同二百九十六頁)。
その他、多々ある。

通州事件の惨劇「Sさんの体験談」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2717.html

大山大尉惨殺事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

質問した人からのコメント

2017/2/4 20:17:54

盧溝橋事件、通州事件、大山大尉惨殺事件、第二次上海事変なんて学校で教わった記憶がない!
天安門

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con********さん

2017/2/117:15:20

通州事件は、あった。南京大虐殺はなかった。

通州事件は、ひどい。明らかに青竜刀を振り、虐殺。

多くの報道記録もある。

南京大虐殺は、少なくとも同等以上の証明がないと。

当時、安全地帯には、多くの外国特派員がいた。

それらが、すべて国民党の宣伝員でもないだろうが、

証拠らしいものがない。あるのは、後に、捏造が発覚した、

国民党の息のかかった宣伝員のもののみで、

また、伝聞など客観的な証拠能力に耐えない。

ito********さん

2017/1/3123:12:41

虐殺されたのは一般人ではなく一般人を装った中国軍なんだけどな。

dra********さん

2017/1/3121:46:13

我々の日本政府は、松井大将を戦犯ではない、としています。
我々の日本政府は、谷中将も戦犯ではない、としています。
その事を我々は、忘れてはいけません。

南京事件は、無罪。
これが日本政府の立場です。

マンガ
幻冬舎
小林よしのり氏の戦争論2巻
227ページから引用します。

こうして昭和28年8月遺族援護法が改正され、
旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は
日本の国内法では罪人とみなさないという判断基準が明確に示され、
遺族に年金と弔慰金が支給される事になった。

以上

戦犯には、年金も弔慰金もありません。
遺族援護法の改正によって、
旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は
日本の国内法では罪人とみなさないという判断基準が明確に示され、
遺族に年金と弔慰金が支給される事になった。
これは、歴史的事実で、疑問の余地がないのです。

マンガ
幻冬舎
小林よしのり氏の戦争論2巻
228ページから引用します。

A級もBC級もない。
連合国が裁いた戦犯は罪人ではない。
それが法律上の正答であり、
当時の日本人全員の合意であり、
殉難死者を靖国神社に祀るのは当然である。

誤解されやすいのだが、
誰を祭神とするか選定しているのは靖国神社ではない。

終戦までは陸軍省海軍省が、
終戦後は厚生省が戦没者を個別審査して
祭神名票を作成

靖国神社はこれを受理して祭神一柱ごとに
霊爾簿を作り合祀する。

いわゆるA級戦犯も全くこの手続きどおりに
厚生省から
祭神名票が送られ合祀された。

以上

松井大将も谷中将も
厚生省によって、神として靖国神社に祀られたのです。

厚生省がやってるんだから、
日本政府が神と認めたという事でしょ。


左翼のデマその1
南京攻略軍総司令官・松井石根大将、東京裁判で死刑直前に花山信勝教戒師に語ったコメント

本当はこうだった南京事件 板倉由明
第9章 松井大将涙の訓示の錯誤
9章全部がこの話しなんですが、結論を簡潔に書きましょう。

松本重治氏が松井大将は泣いた、と、書いた訳です。

2月8日の慰霊祭を12月17日として間違って書いた。
松本重治氏も間違いを認めた。

入城式のあと、慰霊祭はなかった。これは、確認された事実です。

松本重治氏の誤報を読んだ、花岡信勝氏がホラ話しをでっち上げたのです。


左翼のデマその2
軍司令官、師団長として戦った澄田睞四郎中将の回想

澄田睞四郎中将は、南京戦に参加していません。
学問的に証拠能力がゼロです。


左翼のデマその3
陸軍省人事局長・阿南少将(のち大将、陸軍大臣)南京視察メモ

「皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪絶えず」
おやおや、殺人とか、虐殺がありませんねー。
これこそ、南京で、虐殺や殺人がなかったという動かぬ証拠なのです。

kouyouchinbutaiさんは、こう反論するでしょうか?
「婦人方面、殺人、不軍紀行為は国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」

ハッハッハッ卑怯者め、南京事件 秦郁彦 中公新書 172行目だ。
「中島師団婦人方面、殺人、不軍紀行為は国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」

kouyouchinbutaiさんは中島師団を隠蔽したのです。
中島師団長と松井司令官は犬猿の仲。
これは、松井司令官派の誹謗、中傷であり、
中島師団長の潔白は明らかとなり、
中島師団長は、第4軍司令官に出世するのです。

左翼のデマその4
第11軍司令官・岡村寧次中将(のち大将)

これは、岡村中将が南京軍事法廷用に自身の日記を編集した物で、この日記のおかげで彼は、無罪となったのです。
南京軍事法廷で無罪を勝ち取るために創作された物である事は、明白なのです。
この元の、日記は未だに公開されていません。


左翼のデマその5
南京大虐殺の中心人物・中島今朝吾第十六師団長の従軍日誌

本当はこうだった南京事件 板倉由明172ページ
中島師団の捕虜が殺されずに生存していたことは、既に確認されています。


左翼のデマその6
第百四師団第六十六連隊第一大隊 戦闘詳報(日本軍の正式報告書)

これ、雨花台事件といって架空の戦果のでっち上げだった事は判明しています。
本当はこうだった南京事件
123ページからが、雨花台事件です。

左翼のデマその7
同盟通信社・新井正義記者

南京事件日本人48人の証言 阿羅健一 小学館文庫
104ページから108ページ
私自身は虐殺の現場や死体を見たことがない、
と、ハッキリ証言しています。


左翼のデマその8
陸軍省「支那事変地ヨリ帰還ノ軍隊・軍人ノ状況」の資料から(兵士の私信を検閲したもの):
「ある村で親子4人を捕らえ、

南京が村だって言うんですか?
南京事件と何の関係もない話しを持ってくるあたり、よほど、南京事件の証拠が少ないようですね-。


左翼のデマその9
日本陸軍第十軍嘱託カメラマン河野公輝の話
杭州湾から崑山まで
あのなぁー
杭州湾と南京って200キロ離れてるぞ。
いいかげんにしてほしい。


左翼のデマその10
昭和天皇の弟・三笠宮(陸軍士官学校出身の陸軍将校)の自伝
一九四三年一月って、
南京事件は1937年12月から1938年3月までだぞ。
場所は南京でも、南京事件とは何の関係もないんだよ。


左翼のデマその11
あの幕府山事件で悪名高い山田支隊長ですら従軍日誌で嘆いています。

えー、
山田支隊は、1500名の部隊。
ところが、2万名の捕虜を獲得しました。
は?
という気持ちは分かる、気持ちは分かりますが、
とにかく一応、そういう話しなんです。
で、幕府山事件と言います。

で、山田支隊は、
捕虜の監視、
捕虜の解放中の暴動で多数に逃げられ、
死体の始末
で、手一杯でして、
山田支隊が南京城内で悪さをしたという可能性はゼロ。
つまり、山田支隊の軍紀風紀なんて、南京事件と関係ないのです。


まとめその1
残る下級兵士の日記ですが、
日本軍は、現代に置き換えれば完全なブラック企業ですからねー。
上官に恨みを抱いていた下級兵士はそれこそ星の数なんですよ。
恨みを抱いている人の日記ですから、眉に唾をつけて読まなくてはならない。


まとめその2
南京戦には、たくさんの新聞記者が同行していました。
南京戦は、他の中国の戦場と違い、新聞記者の目があったのです。

さらに、
南京戦で戦争は終わる、と、信じられていました。
少なくとも兵士達は、そう信じていました。

これで、戦争は終わる。
これで、日本に帰れる。
新聞記者は、みんな英雄扱いです。

このような状況で
不法行為は、増えますか?減りますか?
考えて見れば、おわかりでしょう。

南京では、他の戦場に比べて、不法行為は少なかった。
これは、歴史家の一致した見解です。(笠原十九司さんは、除きます)


まとめその3
中国には、屈辱でした。
なんせ、アジアの小国と思っていた日本に首都を占領されてしまうのですから。
それで、略奪される。
とか、
強姦される、
といった、証拠のない話しをいっぱいした訳ですね。
強姦とか略奪は、あった、と言われれば、なかったというのは、
とても、困難です。
しかし、虐殺や殺人となると死体が残るのですね。


まとめその4
本当はこうだった南京事件 板倉由明
182ページ
上海戦で中国軍は消耗しました。
それで、南京市民を約3万人徴兵したのですね。
まあ、数については、推定なわけだが、中国側の資料でそういう資料があります。

少なくとも
南京戦で、強引で大規模な徴兵が行われたのは歴史的事実です。

約20万人の市民のうち、10万人が男性、10万人が女性。
10万人のうち、3万人て、3割です。

もちろん、子供や老人は、徴兵されないでしょう。
徴兵される人は、だいたい想像がつくでしょう。

当時南京戦を取材した朝日新聞の記者 足立和雄さんは、
南京事件日本人48人の証言 阿羅健一 小学館文庫
28ページでこう語っています。

青年男子は全員兵士になっていて、城内には原則として残っていないはずだ
と。

ano********さん

2017/1/3121:31:18

南京事件はありましたが、南京大虐殺は、完全な捏造です。

通州事件は真実で、南京大虐殺捏造のモデルです。

http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/note/n349307

san********さん

2017/1/3121:21:22

産経新聞のいい加減な記事に洗脳された低能ネトウヨとアホ(パ)ホテルの勘違いです。

https://matome.naver.jp/odai/2142398517467678601

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