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「末法の仏は、凡夫相、名字即の位で顕われる」というのは、どういう意味だと思い...

neb********さん

2017/1/3117:55:58

「末法の仏は、凡夫相、名字即の位で顕われる」というのは、どういう意味だと思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2017/2/116:31:18

天台大師が摩訶止観の中で立てた修行する菩薩の六段階
理即、名字即、観行即、相似即、分身即、究竟即、

日蓮大聖人の仏法は、直達正観の真の即身成仏の法である
故に、天台のような修行の段階を隔てず、名字即の位から
直ちに究竟の仏果を得る事ができるとしています。
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」と説いています。

大聖人は釈尊のように三十二相八十種好を具備した色相荘厳
の仏ではなく、末法の衆生を化導するために、凡夫僧の姿で
出現され、即身成仏の範を示されたということです。

質問した人からのコメント

2017/2/7 22:38:27

ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

zx3********さん

2017/2/105:21:00

日蓮正宗の寺院で お尋ねしましょう。

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