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「この世界の片隅に」という映画を観ました。とても感動的でした。

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ID非公開さん

2017/2/818:50:54

「この世界の片隅に」という映画を観ました。とても感動的でした。

そんな中、観ていて疑問を感じました。
すずの周りの人達が、日本が戦争に負けたことに対して意外と呑気だということに。
広島に原爆が落とされたときも、「なんか広島で新型爆弾が投下されたらしいぞ」「ヒェ〜!」と、他人事みたいなテンションだし、ラジオを通して日本の無条件降伏を知った時も、「敗けたか〜」「まぁ新型爆弾落とされちゃおしまいだよなぁ」みたいな感じで、なんか意外と達観していて冷静だな、と思いました。

僕は「この時代の日本人は愛国心に溢れる上軍国ムードに傾倒しており、戦争に負けたと知ると皆一同に涙を流して激情的に悔いるもの」と思い込んでいただけに、意外に思いました。

案外、一般市民の間でも「国が強要するから仕方なく戦争に手貸してるけど、正直やってらんないわよね」とか、
「ほんと、大国相手に本気で勝てると思ってるのかしら?将兵さんらも張り切っちゃってバカみたい」みたいな会話もあったのでしょうか?

ご回答よろしくお願いします。

断っておきますが、私は純粋に「一般市民の間でも戦争に対して達観した雰囲気があったのか」と思っただけで、日本や過去の英霊達を愚弄するつもりは毛頭ありません。そのつもりでお願いします。

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hmf********さん

2017/2/1101:13:12

当時、役所勤めしていた祖父から聞いた話をまとめると、まず、同盟国のヒトラーは戦死(公式には)したのに、天皇陛下がお元気にあらせられることを、玉音放送で確認できて安心したらしい。また、無条件降伏の意味が、公務員でさえよく分からず、アメリカ兵が一般人と同じように市街地を歩く未来が想像できなかったらしい。怖くなったのは、終戦からしばらく経過し、大勢のアメリカ兵が上陸すると分かってからだった模様。なので、映画の登場人物が、玉音放送を聞いた直後、妙にホッとした態度をとったのは、不自然ではないですね。

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    質問者

    ID非公開さん

    2017/2/1422:15:27

    ご回答ありがとうございます。

    確かに天皇陛下の声を聞けてホッとした、というのは想像できます。一種の心の支えになったでしょうね。
    やはり大戦争の敵国であったアメリカ兵が自分たちの街をうろつくのは怖かったんですかね…

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kit********さん

2017/2/1016:11:00

簡潔に言います。

作中で空襲の回数と記録が描かれています。
何回もの空襲と、自分の街が半分以上焼け野原になっている時点で負け戦だと皆気付いているんです。
親族・知り合いに戦死者も出ているので、兵隊をバカにするような発言があったとは思えませんが、戦争が終わって一息ついたのは容易に想像できます。

とは別に悔しい報われない涙もあったのでしょう。
主人公のすず、姪を失った義姉などは泣いてました。
片隅は両方を描いているので、良い映画だと思えましたね。

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aji********さん

2017/2/1010:37:05

あなたの勘は正しいですよ。
この映画は良い映画ですが、これまでのステレオタイプな「戦争に反対する女性。予言者のように敗戦を予想。戦争で塗炭の苦しみを味わう庶民」という、これまで朝ドラなどでの演出をひっくり返した映画ですから。

この映画は従来の戦争観を変える趣旨を織り込んでおり、観客を獲得するために、そういうアプローチの映画なのだ、としか言えないですね。

ただ、この映画は時代考証がしっかりしているのも事実で、私の知っている限りでも、負けて日本人は奴隷か殺されると町中がパニックになったケースもあれば、ようやく終わったとホッとした人までいろいろです。

当時の日本は15年もの長きにわたり戦争しているわけで、つまり20歳になって徴兵される人は物心がついてから、ずっと戦争のなかにいるわけです。

特に日中戦争が泥沼化し、日本の財政が傾き、戦死者が増え、物資が欠乏して統制が強まり、娯楽も制限されていくと、国民の間に厭戦感が広がっていってたんです。

そんな中でさらにアメリカとの戦争を始め、日本中が空襲にさらされ、さらに本土決戦で国民は全員が死ぬまで戦うと命じられていたんです。

もはや民族滅亡ですから、戦争が終わって、当の軍人でさえ大半はホッとして、おとなしく従っているのですから、庶民も同様なんです。


>この時代の日本人は愛国心に溢れる上軍国ムードに傾倒しており

これは正しいですよ。日本は1920年代半ばから変質していき、高級軍人でさえ真顔で、日本は天皇がいる神国だ、天皇陛下は霊的な力を持つ神様だ、と言い出しますから。

これには、当の昭和天皇が呆れて「私は皆と同じ肉体だ」と釘を刺す始末です。

実は大正時代あたりまでは、庶民には軍人への反感もけっこうあったり、息子が戦死した家族が怒って軍人へ暴力をふるったり、けっこう庶民も単純には政府や軍に従わなかったんです。

それが戦争が始まるころには、日本人は軍国の国民だとして、夫や息子が戦死しても妻・母親は人前で泣くのは軍国の妻・母ではないから、許されない、という空気が醸成されていったんです。

愛する家族の死でさえ泣いてはいけないなんて状況だから、そりゃ終われば、ほっとしますよ。

だから戦前を知る世代の人で「戦前に戻りたい。戦後の日本より戦前の日本の方が良い社会だった」って言う人が、保守派や右派でもいないんですよ。

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iha********さん

2017/2/1010:08:14

祖父母が呉にいますが、きのこ雲を見てラジオを聞いて、こりゃおおごとらしいで〜て感じだったみたいです。終戦の時も、「そりゃあ残念だったけど、明日からも生活せにゃあいけんかったしね。」って言ってました。

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ppi********さん

2017/2/1005:00:15

戦争中であっても人間の社会にはオモテと裏があります。

>愛国心に溢れる上軍国ムードに傾倒しており

それはオモテ向きのことです。あるいは純真な青少年・女性の心理はそうだったかもしれません。
1937年の盧溝橋事件以降の日本社会は 戦争ばっかりでしたから、それ以外の社会を知らない若い人は 軍国日本に染まるか反発するかでした。

無論、「将兵さんらも張り切っちゃってバカみたい」とまではいいません。
ンネでは 負けるかも、と思っていても。
そんなホンネを語れば、大変ですから権力に通じているところには出しません。

明治生まれで大きな商売をしていた理系の祖父は、いつごろからか、短波ラジオを組み立て押入れの奥でこっそり米軍の放送を聞いていたそうです。
家族の疎開はすぐに対応しました。

もう一方の祖父は、明治の戦に二度も出征し勲章をもらっている関係で地域の在郷軍人会の会長をして若い人を戦地へ送り出す係でしたが、自分の息子は軍隊に徴募されても 激戦地に行かないよう工作をしていました。
「今度の戦争は 勝てそうもない」と内心では思っていたのが確実です

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num********さん

2017/2/902:33:26

舞台が呉というのもありますね。

ほとんどが海軍関係者ですから、家族も他地域より戦況に詳しいですし、
思想も開明的な場合が多いです。
海軍の病院では洋曲を聴き、円太郎は大和の沈没も知っていましたよね。

海軍では、半年間なら勝てるが、そこで条約を結べず長引いた場合は
戦局が泥沼化すると考える将校も多かったようです。
その家族もそういった思考の影響を受けて冷静だったのでしょう。

原作者のこうのさんも監督の片渕さんも、体験者の生の声と
膨大な調査・取材を重ねた上で史実に忠実に描いていますから、
あれが当時の呉の偽らざる情景だったのでしょうね。

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