ここから本文です

ジョージ・ハリスンの ビートルズ解散後にリリースされた 二枚組のアルバムの楽...

leonardhinahinaさん

2017/3/2110:39:10

ジョージ・ハリスンの
ビートルズ解散後にリリースされた
二枚組のアルバムの楽曲は
すべてジョージがビートルズ在籍中に
作曲した曲だそうですが、

結局は、ビートルズのアルバムに

採用されなかった曲ですが、
アルバムに採用する、しない、の
権限は、
誰が持っていたのでしょうか?

ジョージ・マーティンだったのでしょうか?

それとも、メンバー全員での話し合いだったのでしょうか?

ちなみに、この二枚組のアルバムの一般的な評価は、
ジョン、ポール・リンゴも
それぞれがソロを発表していましたが、
彼らのソロと比較して、
どうだったのでしょうか?

単純に、2枚組にしたこと自体、
(採用されなかった曲が多かったという結果)
ジョージがビートルズ在籍中に、
ジョンやポールより製作者側から
格下にみられていたのが、
わかりますが、
ジョージのフラストレーションは、
ビートルズ在籍中に相当あったのでしょうか?

閲覧数:
350
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

motobeatleさん

編集あり2017/3/2120:37:38

まずはジョンとポールの意見によるところが大きいと言えるでしょう。
ジョンとポール
この二人の楽曲でビートルズは成功してますし、彼等も互いに認め合う仲でした。
彼等から見たらジョージは歳下であり弟のような存在。
初期から中期はジョージマーチンもハリスンには厳しかったけど、後期に至ってはそうではありません。
資料として客観的に分かるのが69年初頭に行なわれたゲットバックセッション。
現代は非公式だけど、このセッションのテープをまるごと聞けるんです。
自分も多少ショックを受けました。
ジョンとポールの曲は全員で長時間練習します。
レットイットビー ゲットバック ドントレッミーダウンetc
だんだん曲が仕上がっていく様は興味をひきます。
しかし、たまにジョージの曲になると、、、
例えばオールドブラウンシューの時、ジョンとポールは明らかにシカトしてます。
声も出さず楽器もなかなか演奏しません。
リンゴはリズムをつけてますけどね。
さみしくジョージの声とリンゴのドラムが聞こえくるのみ。
それが長くなると、ようやくジョンとポールが入ってくる感じ。
質問されてるアルバム題名曲 オールシングマストパスも、ここで披露されてますが同様です。
時にポールが素っ頓狂なコーラスをつけたりと。
当時の彼等の関係性が如実に分かる一面です。
この点においてジョージのフラストレーションは多大だったのは間違いないでしょう。

アルバムの他のメンバーとの優劣は難しいですが、クラプトン率いるデレク&ドミノスが全域で演奏している影響は多大だと思います。
ジョージのギターもビートルズサウンドになくてはならないものでしたが、完全にそれとは異なります。
逆説的に考えるとジョンやポールでは作れなかったアルバムだと思います。

  • 質問者

    leonardhinahinaさん

    2017/3/2409:34:28

    たしかに、映画では、
    ジョージの曲で、
    (アイ・ミー・マイン)
    ジョンとヨーコが
    ダンスを踊る映像をかぶせたり、
    リンゴのオクトパスガーデンでは、
    ジョージとリンゴが二人でさびしく
    こじんまりやっていましたね・・

    すてきなダンスなんかでも、
    あえて、ジョージにスポッタライトを
    当てるみたいな、

    リンゴもボーイズで同じような感じですよね。

    ジョンとポールが車の両輪で、
    ジョージとリンゴは、
    スペアタイヤみたいな感じですね。

    まあ、その反動が、
    70年代のジョージのこのソロデヴュー作や
    その後の音楽活動のモチベーションになったんでしょうね。

    ジョンなんかは、音楽的活動で言えば、
    ソロ1枚目、ソロ2枚目、ダブルファンタジー
    くらいしか、仕事らしい仕事をしていないような気がします。
    ダブルファンタジーも半分の仕事ですしね・・

    https://www.youtube.com/watch?v=AVu6nPTVbBQ


返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

2017/3/2317:39:33

ジョンとポールでしょうね!あの変に天才達がすべての権利を持ってます。だってヒットし女の子達が絶叫した曲はほとんど2人の作です。ジョージはライヴ時代に「ロール・オーバー・ベートーベン」という最近死んだチャック・ベリーの曲をレパートリーにしてて、自作はライヴ倦怠期の「恋をするなら」です。ジョンと創ったのはポリドールの「クライ・フォー・アイシャドウ」(インスト)で今、ポールが歌ってるクオーリーメン時代のインデーズレコード「イン・スパイル・オブ・デンジャー」はハリスン&マッカトニーとなってますがポールは「ジョージが何か歌詞を提案したため共作にした」と発言してます。元々、カバーが十八番だったため作曲は63年の「ドント・バザー・ミー」からですから・・・

rb325jlbkさん

2017/3/2122:43:16

プロのミュージシャンである限り作曲能力とはヒット曲を作らなければ認められることはありません。またヒット曲とは決してずば抜けて優れていたり奇をてらったものではなく、むしろありきたりのものであったり単純なものから生まれることが多々あります。その理由はブルース、ポップス、ロックなどと言ってもそれは所詮大衆音楽の範疇であるからです。大衆とはけっして音楽に詳しい人達ではなく、音楽に崇高なものや高い技巧を求めるものではありません。

ヒットが生まれるには難し過ぎてはいけないし、かと言って易しすぎてはすぐに飽きられてしまいます。ソフトすぎては気にも留められず、激しすぎては対象が限られます。つまりヒット曲というのは楽曲の「優劣」で決まるのではなく「ちょうどいい」がポイントになります。そして大衆を満足させる「ちょうどいい」のがビートルズだったのです。もしかしたらジョンやポールはこの「コツ」がわかっていてわざと「ちょうどよく」していたのではないかとさえ思います。

この「大衆の好み」という観点でジョージの曲を見てみたいと思います。ビートルズ現役中の公式曲でジョージの作品は下記となります(もらしたものがあるかもしれません)。

Don’t bother me, I need you, You like me too much, Think for yourself, If I needed someone, Taxman, Love you too, I want to tell you, Within you without you, Blue jay way, While my guitar gently weps, Piggies, Long long long, Only a northern song, It’s all too much, Something, Here comes the sun, I me mine, For you blue,The inner light, Old brown shoe

どうでしょうこれらの作品。一言で言うと地味ですよね。性格なのか、敢えてアイドルに迎合した曲を作りたくなかったのかはわかりませんが「みんなから愛される楽曲」とは言い難いものがあります。Something, Here comes the sun など称賛された曲もありますが、もはや解散のせまった頃のもの。他にはない独特の個性はあるもののジョージの「ヒット曲を作る能力」は、ジョンやポールにはまったく及ばなかったというのが事実です。つまりアルバムにおける収録曲が少なかった一番の理由は「実力不足」と言わざるを得ません。

ジョージはジョンやポールを尊敬しこの実力差を十分納得していたと思います。そこにねたみやフラストレーションが発生する理由はなかったはずです。ジョージはビートルズに入れてもらったことに十分感謝しているし、ケンカといってもそれは兄弟喧嘩に過ぎません。あれだけのことを成し遂げたビートルズのメンバーに仲間を恨む者がいるはずがありません。

parock_5101さん

編集あり2017/3/2209:21:50

ジョージの曲はビートルズ時代は【レコード片面に1曲(アルバム2曲)】って配分だったのでは?

なので、ジョージがアルバム中に自分の曲が2曲しか挿入されない事に不満を抱いてたってのは無かったと推測します。

2017/3/2113:57:46

こんにちは

同じような内容で重複しているかもしれませんがお許しください。

当時「解散後、最も成功したビートル」と言われているぐらいですから、一般的にも質・量の両方の意味で大きな評価を得ていました。

曲の採用に関しては、メンバー4人とジョージ・マーティンの意見によるところが大きかったと思えます。
ただし、既に先の方々が仰っているように「レノン=マッカートニー」がまずありきで、ジョージはサブの存在であり優先順位は低かったことは否めません。
その「レノン=マッカートニー」作品の中でさえ、録音過程でリードギタリストとしての尊厳を貶めるような言動が、特にポールの作品で顕著にあった事などもその後の長きにわたる二人の確執の大きな要因であったことに間違いはないでしょう。

どうでもいいことかもしれませんが、ビートルズの実質的な解散が1970年4月のポールによる「脱退宣言」であるならば、3枚組アルバム「All Things Must Pass」の収録曲全てが、「ジョージがビートルズ在籍中に作曲した曲」ではありません。
何曲かは4月以降に作曲されていますし、If Not For Youはボブ・ディランのカバー、LP3枚目Apple Jamの1曲目はクリフ・リチャードの曲の替え歌ですよね。

最後に、質問者様が多くの質問でなさっておられる「意見・感想などのコメントもしないで、BAを決めずに質問放置して投票に回す」ことはなさらずに、ちゃんとここに回答したみなさんのご意見を読まれている事を願う次第です。

2017/3/2110:46:03

作品名
オールシングスマストパス
必ずしも評価の低い作品ではありません
当初はカラーレコードという商品構成で人気のあった作品です
ジョージーハリスンが
ジョンやポールと比べて
音楽的才能が低く見られがちですが
それはリンゴとて同じ事です
さながらジョンとポールで牽引していたグループですので
それは仕方のない事です
貴方の質問はかなり内部事情に関わる内容ですので
誰にも真意は判りませんが
それを評価するのもまた人気があればこそだと思います

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。