ここから本文です

科学が「反証」に辱めを受けている。・・・・・・・・・・?

yph********さん

2017/3/2113:56:40

科学が「反証」に辱めを受けている。・・・・・・・・・・?

閲覧数:
30
回答数:
1
お礼:
500枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

ogu********さん

2017/3/2321:09:47

科学の世界では「君子豹変す」を善きとします。
つまり、科学者というのは、定説や自らの理論が「反証」されることを歓迎しています。
この対極にあるのが宗教である、とよく言われます。
宗教ではその「教え」や教祖の言動が現実と非整合であったとしても(つまり反証されても)、「教え」を変えようとはしない、ということです。

しばしば自分の過ちを突きつけられることを「辱め」と捉える人間がいますが、彼らの人格の卑しさには呆れてしまいます。
「君子豹変す小人面を革む」というのは至言だと思います。

ポパーが主張するのは、「17世紀に誕生した近代西欧科学は科学者が君子であることにその本質がある」と言えるかもしれません。
すなわち、「反証」によって学説の誤りが明らかになれば、彼らは喜んでその誤りを受け入れ、新たな理論を作り始める。
これが科学と非科学を分かつ科学の特性(=反証可能性)だ!というのがポパーの反証主義です。

科学者は「反証」を待ち望んでいますし、それが科学の科学たる所以ですので、「科学が「反証」に辱めを受けている。」等というのは誤解も甚だしい限りです。

例えば、私が専攻している「経済学」について考えてみましょう。
「経済学」は「マルクス経済学」とは異なり「理論研究」と「実証研究」に区分されます。
実証経済学者の仕事とは、統計学的研究や実験研究によって既存理論の反証を探すことです。
理論経済学者の仕事とは、反証された既存理論を改善することであり、彼らは新たな反証を待ち望んでいます。

  • 質問者

    yph********さん

    2017/3/2321:38:02

    先程の方ですね。ありがとうございます。最初の返信は届きましたか?
     アメリカ資本主義を反映した、ポパーの「科学の定義」につきましては、批判を後で書かねばならないようですね。
    日本には、1945年以後、論争が展開され、主体性論争や武谷三段階論・梯氏の労作など、そして、経済学では宇野氏の学派です。中国では、その過程での多忙さゆえに1990年代にようやく宇野氏の理論を研究していました。「宇野理論」の歴史的意義に反して、その限界性は、語られたのでしょうか?
     お気づきでしょうが、私は唯物弁証法の人です。
    日本での知的営みは素晴らしいものと思っております。アメリカからの借り物の定義では、いかがなものでしょう。
     社会科学の役割の一つは、現代社会の諸矛盾を科学的に明らかにすることです。ミクロ・マクロの経済学は、「大企業の新入社員研修用」のものと言えます。日本資本主義の発展には優秀な労働力を必要としたのです。
     

  • その他の返信(2件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2017/3/27 21:46:07

ありがとう。〈関西の院生の語るところによりますと~〉と、引用させてもらいます。IDは、公表しません。約束は守ります。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる