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「感受性の豊かさ」というものは、年を重ねると衰えてしまうものなのでしょうか? ...

ks_********さん

2017/3/3105:02:32

「感受性の豊かさ」というものは、年を重ねると衰えてしまうものなのでしょうか?

私は今二十代後半の女性です。幼い頃より「感受性が豊か」「芸術家タイプ」と周りには言われていましたし、

自分自身もそう感じています。
また、非言語化されたものから、何かを敏感に感じとることが多いのです。

感受性の豊かさは、幾つになっても失いたくはないのですが、加齢すると衰えてしまうものでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

tom********さん

2017/4/112:43:02

たとえば若いときには見えない部分と、逆に見えすぎてしまう部分とがあると思います。ですから若いときには「見て見ぬ振り」というのがしがたいのだと思います。

年を重ねると、あまりに類似の経験をそれまで重ねてきたために、目には留めてもたいした感慨をそこに覚えず素通りしてしまう場合が増えるんじゃないかと思います。人の死さえも「ふーん、○○は死んじゃったのかあ」で、特別悲しい思いもしない場合があると思います。
ですが若者と同様、それとは逆に、それまでは見えなかったものが見えるようになったりもするんじゃないでしょうか。

以前、ある新聞の読者投書欄を見ていたら高齢の女性が「年を取ったらたくさんお友だちが増えた。イモムシさんも雑草くんもあかね雲さんも、みんながお友だちになってくれた」みたいなことをお書きになっていましたが、そんな感じで、若いときにはまったく目に留めなかったものの前で、ふと立ち止まったりもするようになるのでしょう。ですから、感受性が衰える部分もあるでしょうが、逆に盛んになってくる部分もあるんじゃないでしょうかね。

川端康成さんは、作家は物事を末期(この場合は、まっき、じゃなくて、まつご)の目でもって見なさいとおっしゃったらしいです。つまりこれが最後に目にする光景だと思って見なさいということです。作家ではなく禅宗でいう作家(さっけ)の目で見なさいってことでしょうね。そのように、高齢に達し、死を常に頭のどこかに意識して見る世界は、生の真っ盛りにある僕たちには想像し得ないほど、案外豊穣なものかもしれませんよ。したがって前述のお婆ちゃんの場合のように、見る対象が若いときより広がりと奥行きを持ち、またそれがかわいい幼児のように「対象のほうから自分のほうに駆け寄ってきてくれる」のかもしれないから、おのずと感受性が豊かになる部分もあるんじゃないでしょうかね。

僕は今42ですが、顧みますと20代はもちろんのこと、30代に入っても、まあ人間の目って見えないもんだと思いますよう。たしかに年を重ねるにつれ、それまで見えなかったものが見えてくる部分というのはあるんで、むしろ感受性というのは豊かになるんじゃないでしょうかね。もちろん上記のように、あまりにいろいろ見てきたために慣れきってしまい、目には留めてもその前を素通りしてしまうということもあるでしょうが。

みらあじゅさんはご幼少のみぎりから「感受性が豊か」「芸術家タイプ」と言われたと。となると現在の僕と同じ40を超えてごらんなさい。「感受性が大豊か」「大芸術家タイプ」と言われるようになってること必定ですから。

さて、そろそろ空いただろうからお昼を食べてくっかな。今日はマーボー豆腐か、サバのみそ煮か、ナポリタンとかって書いてあったな。じゃあマーボー豆腐だな。(この部分だけ私語)。

質問した人からのコメント

2017/4/3 00:55:48

ありがとうございました。すごく私にとっては励ましの言葉に思えます。

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noi********さん

2017/4/115:07:27

感受性の低下は身体的加齢が原因ではないが、統計的因果関係はあると考えます。
※ 認知症とか病気は別。

大人になる事は、妥協を知ることだというように、ヒトは、社会生活を円滑にするために、自分を抑えて、まわりに合わせて妥協して生きいくのが普通です。このことにより、どうしても、豊かな感受性が低下していくのだと思います。

定年退職後に趣味に生きて、感受性を取り戻せる人と、仕事喪失でふぬけた老後になってしまう人とある。 社会に妥協しながら折り合いをつけて仕事をせざるおえないが、老後の生き方を考えて準備しておくのが肝要。


今の子供は、自己主張が少なすぎて、周りに合わす事しか考えてない子供が圧倒的に多いようだが、今の子供は昔より感受性が低下しているのだろうか。

lar********さん

2017/4/115:06:06

そんなことはないと思いますが。言語情報が氾濫する世の中ですから、妨げられて、衰えたように見えることはあるでしょうね。

kih********さん

2017/4/113:59:09

個人差は大きいものの、ヒトによっては若年痴呆が始まり、多くのヒトが認知症とはされなくても、ぼけていきます。
http://www.mental-navi.net/ninchisho/rikai/byoritsu.html
運動選手でも、30代になれば盛期は過ぎていきます。
動体視力も同様に落ち、聴力も低下します。
http://www.mental-navi.net/ninchisho/rikai/byoritsu.html
皮膚の張り、触覚、味覚、視覚、色覚、聴覚、記銘力などが、だいたい18歳前後をポピークにして衰え始め、20代後半になれば、感受性の高い人ならば、自覚できるほどに衰えが目立ちます。 多くの場合、持続時間が短くなり、感性を高いレベルで維持し続けることが困難になり、疲労とは自覚できなくても、レベルダウンは明らかになります。
感受性というのは、入力信号の受付だけの問題ではなくて、感知を認知、認識、統合へ持ちあげていく過程のトータルで実現するのでしょうが、入力の衰えはどうにもならないです。
認知、認識、統合の過程は、それまでの蓄積や訓練経験が大きく左右するので、入力の衰えをカバーするだけの蓄積や訓練経験を新たに積み重ねないと、結果は、下がっていくだけです。
幼い頃は「感受性が豊か」「芸術家タイプ」と周りには言われ、本人も振り返ってそう思えるのであれば、もう既に、幼い頃のレベルは失いつつあることを自覚できているという状況なのだと思います。
感受性の豊かさは、幼いころよりは下がっている、もしかすると思春期の頃よりも下がっているということなのでしょう。
この先もドンドンと低下するのを待つか、なんとかカバーするのかというところにいると考えた方がイイと思います。
感性が鈍麻し、感受性、芸術の感覚も落ちているとなんとなく感じているから、この先について、不安感が増しているのでしょう。

金銭の預金のようなものでも、失いたくはないと思っただけでは、なにも効果はないです。 仮に預金を一切使わずにいても、物価が上がったり、欲しいものがなくなれば、預金の価値は減じるだけです。

感受性とか芸術性とか、ヒトによって思い描く内容は違うのでしょうが、ご本人が大切にしたいと思っている対象や範囲などに関する感受性や芸術的感性を維持したい、落とさずにいたい、出来れば少しは活性化したいと期待、欲求し、努力する気があるのであれば、

毎日1時間、2時間と自分で最低時間を定めて、その時間は(大切にしたいと思っている対象や範囲など)を感受する、研ぎ澄ます、ひたすら没頭するという訓練、習練、修行を兼ねたことをするしかないでしょう。
過去は感受性豊かだった、芸術性に溢れていたと懐古しても、減退を早めることはあっても、減退を止めるのは難しいでしょう。
スポーツ選手や音楽家、画家、舞踊家、書家でも、外科医でも、加齢しても一線で活躍出来ているのは、呆れるほどの習練を欠かさずにやっているからでしかないです。
学者、研究者でも、研究に没頭するのを怠ったら、能力と判断力の低下は止めようがないです。
恒常的に突き詰める、自分で妥協しない、徹底的に違いにこだわるという日常が大事です。
http://www.aibsc.jp/nsj/02syou/071201_01/print.shtml
www.nogami-gk.co.jp/seimitsu.html

kat********さん

2017/4/109:15:21

常にものごと、ドラマとかに興味をもって見てみましょう。
まだ、わかいのですから加齢するととは言えません。

mof********さん

2017/4/108:28:17

成長過程で、自分であえて押し殺してしまうこともあるんじゃないでしょうか。
周りとの違いに気付いたとき、とか。
普通はこれくらいでは動じないのか!など、感じたときに、自身を恥じるようになると、人と同じになりたくて、です。

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