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丁銀って何?

sno********さん

2017/4/1121:44:41

丁銀って何?

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ban********さん

2017/4/1322:54:43

丁銀とは銀塊をハンマーのようなもので叩き伸ばしてナマコ型にした貨幣の一種です。江戸時代以前のもので古丁銀と呼ばれているものがありますが、丁銀は江戸時代から呼ばれた名称です。

江戸幕府が制定した慶長の貨幣制度では、金貨は品位と量目を一定にし、通用価値を明示した定位貨幣だったのに対し、銀貨は品位だけを統一し、取引に際しては、その都度重量を計って使う秤量貨幣として定められました。従って最初は従前通り丁銀を必要量だけ切って使う切遣いが行われていましたが、その不便を解消するために元和年間(1615~1623)に丁銀の分量貨幣として同じ銀位の豆板銀(小玉銀)が造られるようになり、丁銀の切遣いは禁止されました。

丁銀・豆板銀の製造を担当したのは湯浅作兵衛で、室町時代末期から和泉国堺に行った銀商・銀細工師の集団である南鐐座の一員でしたが、慶長三年(1598)家康に取り立てられ、大黒の姓を与えられました。家康は慶長五年、伏見に銀貨鋳造所を設けましたが、翌年の五月、大津代官・末吉勘兵衛の意見を容れて銀座と言う名称に改め、銀貨の品位を統一することにしました。勘兵衛を銀座頭役とし、後藤庄三郎と二人で管理をさせ、大黒作兵衛常是を鋳造責任者としました。常是(つねなお)とは豊臣秀吉が南鐐座の20人に与えた名と言われています。慶長十一年に駿府にも、銀座役所が設けられましたが、慶長十七年にこれを江戸新両替町(現在の東銀座)に移して機構を整えた際、銀座役所は銀地金の買入れや検査、引換え事務を担当し、常是役所は銀貨の製造・検印・包装(常是包・じょうぜづつみ)の実務を分担することになり、大黒作兵衛常是の子孫が世襲しました。江戸時代の丁銀に大黒天像・寶・常是の極印が打たれているのは、こうした経緯からです。ところが銀品位が極端に劣悪化した江戸時代中期の宝永期の丁銀には「常是」の極印が打たいません。常是役所が極印打ちを拒否したからだと言われています。つまり銀品位保証印が「常是」だったことにがわかります。


宝永四つ宝丁銀

丁銀とは銀塊をハンマーのようなもので叩き伸ばしてナマコ型にした貨幣の一種です。江戸時代以前のもので古丁銀と呼ばれて...

  • ban********さん

    2017/4/1405:45:18

    文中に「和泉国堺に行った・・・」とありますが、「和泉国堺にいた・・・」の誤りです。

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goo********さん

2017/4/1122:10:41

日本史においては銀の貨幣の一種です。重量で使われるもので形はきっちり決まっておらず長細いものです。

中国史においては丁銀(こちらは「ていぎん」)とは人頭税の事です。

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edo********さん

2017/4/1121:49:55

丁銀とは江戸時代まで鋳造され流通していた銀の貨幣。形が一定ではなく、重さを量って使う「秤量貨幣(しょうりょうかへい)」の一種です。

丁銀とは江戸時代まで鋳造され流通していた銀の貨幣。形が一定ではなく、重さを量って使う「秤量貨幣(しょうりょうかへい...

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