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フラニョ・ツゥジマン大統領は何故ミロシェビッチと違って戦犯にならずに済んだん...

gun********さん

2017/5/1119:30:09

フラニョ・ツゥジマン大統領は何故ミロシェビッチと違って戦犯にならずに済んだんでしょうか?

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fig********さん

2017/5/1122:03:34

トゥジマンはチトー時代のクロアチアの春からのクロアチア人の権利を主張し、チトーに弾圧され投獄も経験しているクロアチア人民族主義者でしたが

ミロシェビッチの場合はユーゴ、セルビア国内の政治的競争相手に勝つためにセルビア民族主義を利用するというトゥジマンと立場が多少違っています

トゥジマンはクロアチア独立後、セルビア人にクライナ、東スラヴォニアをセルビア人に占領され、クロアチア人が民族浄化、追放の憂き目に会い、まだ非力だったクロアチア軍では奪回が無理であるのを承知していましたから
国連に積極介入を要請しました
しかし国連に積極介入の意志がないと見るやクロアチア軍を強化し、役に立たない国連保護軍の駐留期限が来る度に撤退を要求します

結局、クライナ、東スラヴォニアはクロアチア軍が独力で1995年に奪回
トゥジマンで国際的に問題になったのは奪回後の戦後処理
セルビア人が制圧した時程の酷い民族浄化はなかったものの、何代も住み着いていたセルビア人を多く追放したことです

しかしながらトゥジマンはそれを追求される前に在任中の1999年に病死してしまい、追求から逃れたのです

ミロシェビッチは政治的目的からセルビア民族主義を利用、一種のポピュリズムとしてセルビア国民を煽りましたが
正真正銘のセルビア民族主義者であったボスニアのスルプスカ共和国(セルビア人共和国)の暴走するカラジッチとは距離を置きました

彼が国際的非難を受けるのはコソボのアルバニア解放軍鎮圧を警察部隊に命じてからです
アルバニア解放軍によるセルビア人に対するテロは執拗で卑劣なものだったのでイスラム過激派のテロを受けている現在の世界から見れば当然な行為として見られたでしょうが

本来、ミロシェビッチのパトロンたるロシアは当時はまだ経済危機から抜け出すのに必死でセルビアを構ってられず

ボスニア紛争におけるスルプスカ共和国のセルビア人の横暴、虐殺に神経過敏になっていた欧州諸国の目から逃れられなかったのです

結果、3ヶ月のNATO空軍による空爆を受け、国内からも批判が出て、その上不正選挙疑惑も浮上し、国内でも見捨てられミロシェビッチは逮捕されてしまうのです

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