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世界史Aから質問です。

cha********さん

2017/5/1410:26:32

世界史Aから質問です。

①インドにあるタージマハルはヒンドゥー教なのになぜイスラム建築なのですか?

②カンボジアにあるアンコールワットは仏教なのになぜヒンドゥー教建築なのですか?

③インドネシアにあるボロブドゥール寺院遺跡はイスラム教なのになぜ仏教建築なのですか?

これらの回答よろしくお願いします

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ベストアンサーに選ばれた回答

ryo********さん

2017/5/1410:57:03

①インドの「イスラーム化」が進んでいたため。
10世紀半ばにアフガニスタンに成立したガズナ朝と、その次のゴール朝は、インドへ幾度も侵入してイスラーム化を促進しました。果して1206年、アイバクがデリーを都に奴隷王朝を創始し、以降ムガル帝国樹立までの300年間デリー=スルタン朝が続きました。これらは全てイスラムの王朝です。
イスラーム文化流入により、サンスクリット語の作品がペルシア語に翻訳される、ヒンドゥー教とイスラーム教の融合した都市が発達する、差別的なカースト制に不満を持つインド人が「平等」を謳うイスラーム教を信仰するなどの変化が起こりました。その流れからムガル帝国は「イスラム教」を「国教」に定めており、したがってタージ=マハルはイスラム建築で建造されました。


②元々アンコールワットは「ヒンドゥー教寺院」として建設されたから。
しかしインド発祥の上座部仏教(小乗仏教)が東南アジア半島部に広まり(=南伝仏教)、14世紀以降は仏教寺院として用いられるようになりました。


③ボロブドゥール寺院は「大乗仏教」の寺院だから。
8世紀半にマレー人により建国されたシャイレンドラ朝が、大乗仏教(勿論インド由来)の寺院ボロブドゥールを建造。その次にヒンドゥー教国の古マタラム王国、クディリ朝、シンガサリ王国が相次いで成立し、途中モンゴル勢力に攻撃を受けるもこれを撃退。その後成立したマジャパヒト朝が東南アジア最後のヒンドゥー教国となりました。何故ならその次、16世紀末に成立したマタラム王国が、イスラム教を取り入れたためです。かくしてインドネシアはイスラム教国となりましたが、仏教が主流だった時代につくられたボロブドゥールは、当然仏教建築であるという訳です。

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