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古今著聞集の大江山で、定頼の中納言が小式部内侍をからかったのはなぜですか?

mak********さん

2017/5/2223:00:04

古今著聞集の大江山で、定頼の中納言が小式部内侍をからかったのはなぜですか?

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aom********さん

2017/5/2313:41:30

小式部内侍の名声と、院からの寵愛を妬み、やっかんでいたからです。

「和歌威徳物語」には、このエピソードが、
時系列をあえて入り組ませて、巧みに脚色した形で載っています。
古文を少し勉強した人なら誰でも知っている、
とても有名なエピソードなんだけどね。

それを、時系列順に書き直すと、こういうことです。

1、小式部内侍が11歳のとき、
和泉式部に伴われて、院の供として住吉へ参詣した折、
和泉式部のプロデュースで、歌人として華々しくデビューした。
院は、小式部内侍の才能をたたえ、
禁色の御衣を下さったうえ、「内侍」として内裏に上げた。
以来、小式部内侍は、宮中で権勢を誇った。
(それより内裏に召されて、ときめきけり。 )

2、あるとき、天皇が大事にしていた小松が枯れかかったので、
和泉式部に祈りの歌を詠ませて小松をよみがえらせようとしたが、
和泉式部は丹後に下っていて留守だった。
そこで、小式部内侍が自ら代理を買って出て、
すばらしい歌を詠んだので、小松は見事によみがえって、
天皇は喜び、御衣を下賜された。

3、このような華やかな小式部内侍の活躍を、皆が妬んで、
「これは、内々に小松事件を知っていた和泉式部が代作したのだ」
と噂した。
これを小式部内侍が無念に思っていたところへ、
ちょうど歌合の会のメンバーに選出されたので、
「晴れの場で名歌を詠んでみせて、この噂を払拭したい」
と思っていた。

4、そうして小式部内侍がはりきっているところへ、
定頼中納言が「たはぶれ」を仕掛けた。
これを逆手にとって、小式部内侍は秀歌をもって定頼をやりこめ、
小式部内侍は、歌合の場を待たずして、
すでにこの時点で、噂が嘘であることを証明した。

こういう流れなんです。

つまり、定頼中納言は、
「各々そねみ妬みて、「これは内々このことを知りて母の式部の詠みし歌なり」などあらぬさまに申し沙汰し」ていたうちの一人、ということ。
「たはぶれ」の動機は、書いてあるとおり、
明快に、「そねみ」「妬み」です。


「第一回答者」の「watch1967man」という人の言っている、
「小式部内侍はその当時全くの無名だった」というのは間違いで、
鳴り物入りで宮中に召された、「期待の新人」として、
すでに皆に注目されていたのです、しかも、わずか11歳。

デビュー戦での態度も、堂々としたものなんだよ、
プロデューサーの和泉式部のほうが焦るくらい。
大人を食ったような歌を、わざと詠んでみせているしね。
小松事件のときも、自分から母の代理を申し出ています。
つまり、小式部内侍は、たった11歳の少女ながら、
大人顔負けの度胸が据わっていて、
可憐な印象にも似合わず、結構図太く、大胆な性格なんだよ、もともと。

そんな彼女だからこそ、御簾から半身乗り出して男の袖をつかむ、
なんて、思い切った振る舞いもできるのです。
彼女にしてみれば、
「は?何が?そんなにびっくりするようなこと?
アタシ的には普通なんですけど?」
くらいの気持ちだったでしょう。
恋人説なんか、この際、全然関係ないのです。

小式部内侍が、当意即妙の秀歌がスパッと詠めたのは、
「緊張感」、良い意味の「ストレス」のなせる業だったのだろうね。
神経が張り詰めて、良い意味で緊張しているときは、
「何か」が降りてきて、実力以上の能力が発揮できるということも、あるものなのです。

  • aom********さん

    2017/5/2414:53:39

    「知識」バカと褒められるほどのことかいなw
    「古文を少しでも勉強したことのある人なら誰でも知っている基礎的な知識」を、当たり前に持っているだけのことなんだけどねえ。
    ない方がどうかしてるんだよ、ド素人w

    それにしても、「和歌威徳物語」が「史実」を書いた歴史書だとは知らなんだ。
    「物語」と言っているのだから、虚構性があるに決まっているのにw

    「宇治拾遺「物語」」も同様にねえw
    「史実w」と説話の境界も理解できないバカが解説すると、
    定頼中納言と小式部内侍は「「恋人同士」ってことになるんです」ねえw
    誰のことを言ったやらw
    笑っておきましょうかいw

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wat********さん

2017/5/2309:45:19

書いていないからわかりませんが、いろいろ推測することはできるでしょうね。

宮中で行われる歌合の歌詠みに選ばれるのは大変な名誉です。現代の紅白歌合戦どころの騒ぎではありません。その歌詠みとして小式部内侍は選ばれたわけです。母の和泉式部は有名な歌人ですから歌合に呼ばれても何の不思議もありませんが、小式部はその当時全くの無名だったのです。そんな彼女が歌詠みに選ばれたのですからいろいろ憶測も富んだことでしょう。定頼の中納言は、小式部内侍が親の七光りで選ばれたと思ったのかもしれませんね。まあ、定頼も当代一の著名人である藤原公任の息子ですから立場は似たようなものですが。

ちなみに宇治拾遺物語なんかにはふたりが恋人同士だったなんて話もあります。たしかに初対面というよりは親しい間柄だったのかもしれません。女性が御簾から姿を出して男性の袖を捕まえるなんて当時ではちょっと考えられませんからね。

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