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肥前の熊と恐れられた、龍造寺隆信、 九州キリシタン大国を夢見た、大友宗麟、 ...

rei********さん

2017/7/611:25:51

肥前の熊と恐れられた、龍造寺隆信、
九州キリシタン大国を夢見た、大友宗麟、
言わずと知れた島津三兄弟の長兄、島津義久

戦国九州の3人物のなかで誰が一番好きですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

yukuntennsaiさん

2017/7/716:18:35

龍造寺隆信です。歴史では敗者として語られることが多いですが(実際敗死していますけどね)、隆信は、祖父、父を失い一時は、龍造寺家滅亡の危機を迎えますが、曽祖父の龍造寺家兼と協力し、龍造寺の庶家の家督を相続し、ようやく龍造寺家を再興させ、父祖の仇である頼周を討ち取りました。さ ら に、本家の龍造寺の家督まで継承し、その後から、着実に勢力を広げ、『五州二島の太守』とまで呼ばれました{肥前国・筑前国・筑後国・肥後国・豊前国の五州と、壱岐国・対馬国の二島(壱岐と対馬は国表記ですが、二島とも呼ばれていました)}。ただ沖田畷の合戦で、瞬時の判断が出来ず大敗し敗死してしまいました。

若年ながら自分の家の荒波に揉まれながらも、必死に生き抜き、着実に勢力を広げていった龍造寺隆信が好きです。


あと、細かいことを気にしてしまう性格なので
、申し訳ないですが島津三兄弟ではなく、四兄
弟の長兄なのではないでしょうか。

質問した人からのコメント

2017/7/12 20:21:10

私も龍造寺が一番好きです。
どうもありがとうございました。
確かに島津は四兄弟でした(笑)

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mek********さん

編集あり2017/7/1118:23:39

大友宗麟ですね

じつは宗麟が奴隷貿易をやっていたという記録はないんです。

肥前の方のキリシタン大名らが奴隷貿易をやっていた事から宗麟も一緒だと誤解されただけなんです。

宗麟の功績は日本で最初の庶民のための無料の総合病院を開設し、
親のいない孤児のための育児院を開設しました。
また、国外事業では南蛮諸国と大規模な貿易をし、
カンボジア国王と書面のやりとりをしたり、インドに2度にわたり家臣を派遣して交流しました。
そのためヨーロッパにまで宗麟の名前は響き、西欧の数々の画家が宗麟の想像画を描いています。

このように数々の功績を残した異色の戦国大名なんです。
また、人生も波瀾万丈で面白く、
死の間際、豊後中の民が宗麟の病状を心配し館に押し寄せます。
民達が回復を祈るなか大往生するというドラマのような最後をとげます。

調べれば調べるほど面白い人物ですよ。

yam********さん

2017/7/611:40:55

信長の野望だと宗麟なのだが、現物は奴隷売買してるから好きくないな。

九州は鍋島と立花が好きです。

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