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高野山の○○院から先祖が文化3年に頂いた古文書があります。 今も現存する寺院です...

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ID非公開さん

2017/8/2218:24:09

高野山の○○院から先祖が文化3年に頂いた古文書があります。
今も現存する寺院ですが、
過去帳の記録や墓石が残っている可能性はありますか?
家系図を作る上でのヒントになれば嬉しいです。

※ 施主が義理の父親を供養。

右日牌料領受之了。已往毎日之奠
饌擬雲海而無闕、恒例之持誦懸
日月而不退。盖因斯鴻福、煢靈遄
受無生之樂於安養界、永嘗知
足之味於慈尊所耳。且為支證
所記如件。

【訓読】
右、日牌料(にっぱいれう)これを領受し了(をは)んぬ。
已往(いわう)毎日の奠饌(てんせん)雲海に擬して闕(か)くること無く、
恒例の持誦(ぢしょう)日月を懸けて退かず。
盖(けだ)し斯(こ)の鴻福(こうふく)に因りて、
煢靈(けいれい)遄(すみや)かに無生(むしゃう)の楽(らく)を安養界(あんやうかい)に受け、
永く知足(ちそく)の味を慈尊所(じそんしょ)に嘗(な)むるのみ。
且(か)つ支證(ししょう)の為に記する所、件(くだん)の如し。
【大意】
右、日牌料(にっぱいれう)を受領しました。
以後毎日の奠饌(てんせん)は雲海のように供えて欠けること無く、
恒例のお経は日月を懸けて続け、止まることはありません。
たしかにこの大きな福によって、
身寄り無き霊はすみやかに涅槃の楽を極楽浄土で受け、
永く知足の味を弥勒菩薩の所で味わうのです。
前もってその証拠の為に記すことは、前述の通りです。

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ベストアンサーに選ばれた回答

hur********さん

2017/8/2312:16:19

質問者様がお持ちの古文書は、日牌証文ではないかと思います。
木版の印刷物なのではないでしょうか。
今現在でも高野山の各塔頭寺院は、それぞれが日牌証文・月牌証文を出しています。
これは高野山に参詣した人が、宿泊した寺院で先祖供養なりを申し込んで供養料を納めた証としていただけるものです。

この日牌供養・月牌供養の申し込みを、過去帳のようなものに一々記録して本堂にお祀りしている寺院もありますが、規則や規定ではないので、50以上ある塔頭寺院が全てそうしているかは分かりません。
古い時代ならば尚更どのようにされていたかは各寺院それぞれだと思います。

他の回答者の方が仰る通り、高野山全体の火災はありませんでしたが、昭和・平成になっても全焼した寺院や半焼した寺院は幾つもあります。

可能性が無いとは言えませんが、結局のところ当該寺院に確認するより他はないと思います。

また、古くは高野山にお墓を建てる時には、所縁の塔頭を通すのが通例でした。

やはり当該寺院に確認するしかないと思います。

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質問した人からのコメント

2017/8/24 13:34:17

たしかに印刷物です。詳しく有難うございました。

ベストアンサー以外の回答

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nak********さん

2017/8/2301:08:05

1806年。
高野山での火災は起きてないと思うので、記録が残っている可能性はあります。
ただしこの古文書は、「永代供養を確かに引き受けた」という内容ですから、墓地が高野山にあるとは限らず、墓石までは見つからないかも。

戸籍法が1871年に制定されているから、もう少し後からは戸籍の除票で追跡できる可能性はあります。
戦火で灰燼に帰していなければ、という条件付きですけどね。

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