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君の名は。に出てくる「むすび」とは結局何だったのでしょうか。 一葉おばあちゃ...

mad********さん

2017/9/522:59:01

君の名は。に出てくる「むすび」とは結局何だったのでしょうか。
一葉おばあちゃんが、三葉に入れ替わった瀧と四葉を連れて御神体のある山へ行きます。

この時、おばあちゃんは「むすび」について語り出します。

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土地の氏神様をな、古い言葉でむすびとよぶんやさ。この言葉には深い意味がある。
糸を繋げることもむすび、人を繋げることもむすび、時間が流れることもむすび。
全部神様の力や。
わしらの作る組紐も、せやから神様の技、時間の流れそのものを表しとる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この先もセリフは続くのですが、ここでおばあちゃんは物語の種明かしをしているわけです。

ところが、「神様の力」と言っちゃうと何でもアリになるんですね。
この映画はストーリーが破綻していると批判を受けることがありますけど、「デウス・エクス・マキナ」(機械仕掛けの神)という禁じ手を使っているんですから、あながち否定もできません。

さて、こういうデッカイ「神様」を登場させた場合、物語は非決定論に立たないと全然緊迫感がなくなります。だって、最後は神様がなんでもしてくれるんでしょ?では、だれも真面目に観ようとはしなくなります。
なので、最後の山場で、瀧は御神体の山にもう一度登って入れ替わりを試みます。人間の行動で未来が変えられるという要素を入れるのです。

すると、ますますむすびの意味がわからなくなります。
具体的にいうと、こんなところです。
1.三葉が瀧と奥寺先輩のデートの日に涙を流す、つまり恋に落ちるのはむすびですか?
2.瀧が三葉を探しに糸守に来るのは、むすびですか?
3.三葉が町長を説得できたのは、むすびが関係するのですか?
4.瀧と三葉がラストシーンで涙を流して喜ぶのは、むすびとどう関係するのですか?

自由意思を前提にするとこの映画はサッパリわかりません。
でも、むすびだけで説明しても御都合主義で面白くありません。

結局、むすびとは何だったのでしょうか。
一応、こんな回答を以前したことありますけど、本当のところはわたしもよくわからないのです。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q101743187...

ファンの皆さんのご意見お待ちしてます。

補足皆さま回答ありがとうございます。
すみませんがBAは投票とさせてください。

『神によつて体の中に結合せられた魂が、だんだん発育して来る、それとともに物質なり肉体なりが、また同時に成長して来る、その聖なる技術を行ふ神が、つまり高皇産霊神・神皇産霊神、即むすびの神であります。つまり霊魂を与へるとともに、肉体と霊魂との間に、生命を生じさせる、さういふ力を持つた神の信仰を、神道教の出発点に持つてをります。』

これは折口信夫「神道の新しい方向」という文章ですが、面白いですね。
人間の精神自体も、物質的なものと霊的な現象との結びつきで成り立っているということになります。

精神はそれのみで単独では存在しません。
身体がなければ心もないですし、自分に心があるのを意識するのは外界から刺激を受けたときです。自明で堅固な概念ではないのです。

三葉は訳もわからず鏡の前で涙を流すのですが、心というのは様々な「むすび」で出来ています。
三葉は瀧の存在があるから、自分の心がわかったのです。

わたしはむすびをそのように考えています。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nic********さん

2017/9/601:32:22

ワァァァッ、なんて良い質問なのかしら、、、こういうのを良問って言うのねo(*´д`*)o
良すぎて、答えられないわァッ

  • 質問者

    mad********さん

    2017/9/1017:57:36

    脳細胞が毎日晩酌してるような人が書いてますから、大したことないですよ。
    小学生並みの常識なので、質問も毎度そんな感じ。学級崩壊寸止めを狙ってます(笑)

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ベストアンサー以外の回答

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sun********さん

2017/9/1220:02:16

「むすび」というのは手段であって、万能の解決方法では無いと思います。

話の構成からして、時間のズレも有るものの、基本はパラレルワールドです。従って、夢の中で入れ替わるという状況を与えられただけで、結果は本人たちに任されているわけです。

パラレルワールドの中には、街を救おうとして失敗する世界や、三葉が自分や家族だけ助かろうとする世界もあります。

無数の世界の中で、僕たちは、二人が力を合わせて町を救う世界を、たまたま見たに過ぎないのです。



以下は、回答ではありません。

質問者さんが演劇関係の方なら余計なお世話かも知れませんが、「デウス・エクス・マキナ」は明示的に現れる神を表す言葉です。

ファウストを救う天使や、日本の映画では「天守物語」の桃六などです。

物語の背景にある神の意志のようなものはデウス・エクス・マキナとは言わないと思います。

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tar********さん

2017/9/923:55:17

TSUTAYAで借りて観ました。
食わず嫌いを大後悔中です。
映画館でみたかったなぁ。。

「むすび」について

隕石災害に対抗する最後の手段としての「やり直し」システムが、時空を隔てた入れ替わりと口噛み酒だったのだと思います。

そのシステムを守ってきたのが糸守神社で、かつては書物として存在していたであろうその意義も、数百年前の火災で焼失して形だけになったため、今回の彗星接近では神社は事前に災害の予知や避難を呼び掛ける事はできず、最終手段が発動したのだと思います。

この作品の「むすび」とは、連綿と受け継がれてきた「やり直しシステム」そのものと、その核となる「男女の愛の絆」なのかな、と思いました。

システムの核である「絆」を象徴する形としての組紐。
人との縁や絆を大切にするための教えとしての「むすび」の言い伝え。どちらもシステムを支える力(宮水家の超能力を引き出す力)になっていたのではないでしょうか。


神様というのは、このシステムを造り上げた「ご先祖様」だと思いました。

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kit********さん

2017/9/822:22:37

さて、なんだか、呼び出されたようですね。この人は、いつも爆弾を投げ込んで下さる。

本当は2,3日考えなくてはならない問題ですが、ちょっとだけ。
自由意志か、神の意思か? この辺りが難しいのですよね。

話は飛びますが、カトリックのアイルランドでは、離婚の解釈が面白いのですよ。
カトリックですから離婚はできなわけです。ただ、人間関係ですしキレイ事だけでは話は進まない。そこで、アイルランドの考え方として、離婚は本来の神の意志を人間がとり間違え、もとに戻すための行為(法律で言うところなら錯誤無効でしょうか?)とされているようです(アイルランドの家族法に詳しいわけではなく伝聞です)。

結びという神の意志と自由意志のさじ加減を、よくよく考えているうちに、変な考え方が湧いてきました。質問者様の質問の範囲を超えているので、場外乱闘の世界です。
特に、4、は場外乱闘でないと説明しにくく感じました。

1、の恋愛関係が本当に成立しているか、これも場外乱闘になってしまうので、明確な回答ができません(なら、回答するな、と言われそうですが)。
確かに奥寺先輩の言動を借りて、瀧の心理描写されていると考えるのが普通でしょうね。
日本料理に例えるなら、80度の沸騰していないお湯に、昆布をひと通しするように、最後の仕上げに向けての下準備の気がします。

2、糸守に来る事は、結びの結果でしょうね。糸守への行動は、瀧の意思の様に描かれています。ですが、その背景には入れ替わりという、密度の高い接触があったからだと思います。
入れ替わりは非日常行為ですので、結び以外考えにくいです。ただ、ここで、結びを前面に出さない工夫はされていると思います。
瀧の部屋には、数少ない瀧のキャラクタ形成、建築の雑誌が描かれています。
デッサン好き、また、飛騨の山の検索等のエピソードを入れ神の意志を弱めていると思います。
(尻切れトンボで申し訳ないです)

3、結びはひとつのトリガーであることは否定出来ないですが、その事実を知れば、そういう判断もある、というところでしょうか? 三葉が事実を知った以上、個人的に逃げるなり、みんなを連れて逃げるなり、何らかの行動を起こすのが自然です。座して死を待つという選択肢は無いはずです。ただ、一人で逃げるという選択肢も有った訳ですから、行動の背景に結びが有った、という事は否定出来ないですね。
結び(神の意志)と自由意志が重なったという解釈もできるかと思います。
結びと自由意志なのですが、事前に、家族関係を悪化させてある。
そこに、三葉を入れているのですから、意思の力は強調されていると思います。

4、個人的な解釈ですが、ここが場外乱闘だと思うのですよ。
神の意志でもなく、自由意志でもない。最初に言った、80度のお湯に昆布を一回通した行為、新海氏が用意した、視聴者へ提示したもの(日本料理)だと思えるのですよ。

まあ、新海氏の隠し味なら、広義で神の意志(広義のむすび)になるのでしょうけど。

もう少し寝かさないと、良い回答ができないですね。
中途半端失礼いたしました。

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one********さん

2017/9/801:01:11

まぁ適当ぉ~ないい訳だろうね。
映画の劇空間ではなんか不思議な力が働いてる
男女が入れ替わったり時間を遡ったり
単なる日暮れに生きてる人と死んだ人の魂がであったり
時間軸が違う人物が触れ合ったりしても
ぬすびだもんカタワレだもので片がつく
ドラえもんの4次元ポケットみたいなもん

作り手のいい加減の適当が観客のちょうどいいの適当に重なっちゃったんだねえ。

マクガフィンという言葉があるけどこれは物語を進める上で主人公の動機付けをする仕掛けだけど
むすびは不思議空間を作り出す為の仕掛け。
観客の心の中に不思議空間を作り出してそこで遊んでもらう為の仕掛け。
エッシャーの騙し絵みたいなもん。

そこに赤い糸で結ばれた男女を放り込んで一丁あがり。

>自由意思を前提にするとこの映画はサッパリわかりません。

隕石災害から糸守町民を救うという「運命」に巻き込まれたもともと「東京のイケメン大好き」とか惹かれあう性質の男女が用済みになった後もしつこく相手を想い続けて自由な意思を回復する物語だったんじゃないの。

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rei********さん

編集あり2017/9/610:51:48

玉むすび、とは魂をむすぶこと。

それ以上ほどけないようにする絆を意味します。

結びはゆい、と言って、ひとの生業のことでもあり、単独生活から家族、集団へと移行するなかで生まれていったものなのです。

今でも田舎で複数で仕事をすることを結い(ゆい)、というのはその名残です。

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