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久々プロレス見たら飯塚高史って昔は大人しい感じだったのに何があったんですか?

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ID非公開さん

2017/9/1310:03:20

久々プロレス見たら飯塚高史って昔は大人しい感じだったのに何があったんですか?

ただの演技でしょうか?

補足裏投げやブリザードスープレックスは健在ですか?

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kur********さん

2017/9/1311:00:49

2008年の事ですね。
飯塚さんは当時ヒールであった真壁率いるGBHと構想する天山を助ける形で友情タッグを結成していました。
しかしながら、GBHは打倒天山のため裏で飯塚さんを幹部待遇で勧誘、飯塚さんも友情友情とうるさい天山に呆れており、わずか1ヶ月程度で飯塚さんの裏切りにより友情タッグは解散となります。Tシャツまで発売したのに。

この裏切り劇の直後、丸坊主となり今のような風貌となります。その後の飯塚さんへのインタビューで判明したことですが、悪に徹するため都内にある等々力渓谷の祠に良心を封印したそうです。
しばらくは「友情なんて無いんだ!」と怒鳴りながら天山と抗争するなど、普通に喋っていたのですが、良心を封印した副作用なのか、変貌から1年程して全くコメントを出さない今のようなキャラクターとなりました。

裏投げや各種スープレックスといったレスリング技術もかつて得意としたコマンドサンボも全く使っていません。
技と言えば右手に「アイアンフィンガーフロムヘル」という凶器を身に付けて放つ地獄突きくらいです。

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gug********さん

2017/9/1310:24:42

今の戦い方からは考えられないかもしれませんが、グランドレスリングの技術力が非常に高く、実力はトップクラスだったそうです。

ただ、性格が地味だった。

そのため、どうしてもトップ戦線に割って入っていくことができず、くすぶっていたといってもいいような状態だったのは事実。

プロレスラーは実力だけではなく、会場を盛り上げ、ストーリーを作り上げていく力がなければ、活躍できません。

そういった意味で、飯塚高史選手はトップレスラーになれなかったのかもしれません。

そして転機となったのが、首の大怪我による長期欠場。

その後、この首の怪我によって、それまでの戦い方ができなくなったと言われています。

そのためにヒールに転向したと言われており、皮肉なことに、大ケガによって本来の実力が出せなくなったことによって、プロレスラーとして大成することになったと言えるでしょうね。

桃仁華さん

編集あり2017/9/1310:18:32

演技(ギミック)といえばその通りです。

当時、GBH(真壁、矢野)と抗争を繰り広げていた天山選手に誰も手を差し伸べなかった状況で、飯塚選手が手を差し伸べて友情タッグを結成しました。

ですが、2008年4月のIWGPタッグ戦(王者組真壁、矢野対挑戦者組天山、飯塚)で突如飯塚選手が天山選手にスリーパーをして裏切りそのままGBH入りしました。

ヒールに転向してから何もコメントを出していないのでヒール転向や裏切りの経緯は不明です。

そのあとGBHからchaosに加入しましたが、chaosも裏切り鈴木軍に加入して今に至ります。

ヒールに転向してからブリザードスープレックスや裏投げは使っていません。

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