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旧ユーゴスラビア各国について

msjgbzさん

2017/10/1802:00:05

旧ユーゴスラビア各国について

旧ユーゴスラビアの国々はお互いをどう思っているのでしょうか。
例えば、クロアチア人とセルビア人は仲が悪いです。セルビア人とアルバニア人も仲が悪いです。では、クロアチア人とアルバニア人はどうなのでしょうか?
また、各国のコソボについての認識も教えていただきたいです。


相関図などあればわかりやすいのですがなかなか見つからず質問させていただきました。
国の数が多く、ややこしさはあると思いますが詳しい方よろしくお願いします。

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ebisenracingさん

2017/10/2000:49:16

まずセルビア人はオーソドックス(正教会)、アルバニア人はイスラム教徒、クロアチア人はローマ・カトリックというのが根底にあります。

旧ユーゴ国内では、人口の4割以上を占めたセルビア人が最も多かったのですが、コソボ州はアルバニア人が住民の9割を占めていたため自治権が認められていました。それが80年代に入ってからアルバニア人勢力による自治権拡大要求が強まり、セルビア人の反アルバニア人感情が悪化します。

コソボはもともと中世にセルビア王国が興った、いわばセルビア人の故郷ですが、のちにオスマントルコに滅ぼされ、セルビア人は北方に追われ、代わりにオスマントルコの手引でイスラム教に改宗したアルバニア人が住むようになった場所です。イスラエルとパレスチナの関係にもちょっと似てますね。

セルビア人のミロシェビッチ(のちの大統領)はこの歴史の経緯からコソボはセルビア人の土地であり、アルバニア人から取り戻すべきだとの主張を展開。
一方でアルバニア人にとっては、1912年にアルバニアがオスマン帝国からの独立を宣言したとき、コソボはアルバニアの国土の一部でした。その後ヨーロッパ列強諸国の圧力でコソボはアルバニア領からセルビア領に編入されます。

1989年にミロシェビッチがセルビア大統領となると、コソボの自治権を剥奪。セルビア人とアルバニア人の対立が鮮明になります。

だが暴力による独立運動が起こったのはコソボではなく、北方のクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナのほうでした。
クロアチアはクロアチア人が多数を占める土地。んでちょっとややこしいのですが、ボスニアは民族的にはセルビア人やクロアチア人なものの、多くがイスラム教徒なのです。

旧ユーゴが分裂していく過程には、
1.セルビア人VSクロアチア人という民族的対立
2.正教会(セルビア人)VSイスラム教徒という宗教的対立
このふたつの要素が絡んでいるのです

で、質問にあるクロアチア人とアルバニア人の関係ですが、基本的にはセルビア人を敵視しているシンパシーがあるので良好ですが、ムスリムのクロアチア人か、カトリックのクロアチア人かで多少感情の違いはあると思います。

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