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関ヶ原の戦いにおいて戦いの最中、石田、大谷、宇喜多等は参戦しない小早川、毛利...

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ID非公開さん

2017/11/403:15:02

関ヶ原の戦いにおいて戦いの最中、石田、大谷、宇喜多等は参戦しない小早川、毛利などのことをどう思ったんですかね…

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rei********さん

2017/11/409:42:49

嘘がばれたかな、と戦々恐々でしょう。

かれらに旧領地復活を約束していましたが、実現不可能です。

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eat********さん

2017/11/406:48:32

石田三成や大谷吉継は小早川秀秋の裏切りに関しては予測していました

当初の予定では秀秋は松尾山に布陣する事にはなっておらず、この松尾山には美濃大垣城に3万4千石を領していた大名であった伊藤盛正という人物を布陣させていたにも関わらずこの盛正の軍勢を突如として秀秋が無理やりに追い出したのです
この秀秋の行動は明らかに裏切り行為であり、吉継は松尾山の麓に布陣して秀秋を監視する上で裏切りに備え脇坂安治、朽木元綱、赤座直保、小川祐忠の四将の軍勢を布陣させる事にしました
しかし本戦では秀秋のみならずこの四将も裏切るわけですが、この裏切りを吉継が読み間違えたのは無理も無い事で安治以外の三人は徳川家康に対して事前に裏切る旨を伝えずに土壇場で裏切った為に東軍に味方した事とは認められず、最初から最後まで西軍であったと見做され後に戦後処理の際に所領を没収されたからです(但し元綱のみ、庶流とはいえ近江源氏の血を引く名家である事や過去の功績<1570年の織田信長による朝倉攻めの際に浅井家が裏切った為に信長は撤退を強いられたがこの時に元綱は松永久秀の説得を受けて信長の撤退を助けた為に当時信長の同盟相手であった家康も間接的に助けられている>が評価された為に減封に留まり後に末子が大名に復帰している)
裏切る約束をしてない上に家康や東軍諸将との書状の往来も確認できない以上、秀秋が裏切ったとしても彼らは味方であってくれると思うのは当然の事といえます

pea********さん

2017/11/406:00:57

最初は、「狼煙が見えてないのか?」
次は、「何かトラブルでも?」
結論、家康のように「小童めにはかられたか!」
でしょうね。大谷行部は「呪ってくれる」と恨みの言葉を残して死んでいきます。

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