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日本航空は昔、長距離国際線の多くをアンカレッジ経由で運航していました。現在は...

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ID非公開さん

2017/11/2014:08:13

日本航空は昔、長距離国際線の多くをアンカレッジ経由で運航していました。現在はアンカレッジを経由する定期旅客便はありませんが、いわゆる東京=アンカレッジ線の国際線旅客便が廃止されたのはいつですか?

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nan********さん

2017/11/2016:59:29

日本からアンカレッジに定期便で就航している航空会社は
有りませんが、夏場から秋にかけてのアンカレッジの自然を
楽しんだり、冬場にオーロラを観るためのJALのチャーター便が
就航しています。

https://www.jal.co.jp/intltour/ame/alaska/

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kuz********さん

2017/11/2016:19:21

https://www.jal.com/ja/history/history/age_91-00.html
ここに書いてあります。
1991年10月30日
アンカレジ経由北回り欧州線が、437便(パリ行)を最終便として、1961年6月開設以来の歴史を閉じる(アンカレジ発は31日の438便)
とね。

↑公式サイトからの引用でした。

pin********さん

2017/11/2015:57:57

米国東海岸から日本方面へ途中給油なしで直行できるようになったのは、リクリアー運航方式が考え出されたからです。

出発時には目的地を成田とはせず、取りあえず千歳にしておいて搭載燃料を減らし、飛行途中で太平洋上のポイントを仮定の出発地とした飛行計画に作り直して燃料計算をやり直し、最終的に成田まで飛べるようにする運航方式です。
飛行時間が短くなれば、一定の割合で必要な予備燃料の量も少なくて済む。そこがミソなのです。

この方式により B747SP が用なしとなりました。悪知恵のある人が居たもんだ。
ただし、あくまでも社内計画上の話しであって、管制上の目的地は最初から成田になっていました。

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gra********さん

2017/11/2015:53:07

給油の為の寄港先としてのアンカレッジ利用か、アンカレッジで乗り降りするための利用かで異なってきます。

給油の為の寄港であれば、JALは1991年で北回りヨーロッパ路線を廃止しています。

これは、1991年末のソ連の崩壊、そしてその前からの改革開放路線の影響が大きいと言えるでしょう。

一方、シベリアルートが認められる以前も、旅客ニーズのないアンカレッジ経由を嫌い、北極圏経由での直行便ルートも存在したそうですね。
こちらは、旅客機の航続距離が伸びてきたことも影響しています。

JALも、上記廃止後すぐにシベリアルートになったという訳ではなく、一旦無給油の北極圏ルートでも飛んでいたようです。

boe********さん

2017/11/2014:54:58

アンカレッジってソ連領上空を飛行できなかったからただ給油するのに都合の良い場所だっただけじゃないのですか?
ソ連崩壊して飛行もできるようになった1990年くらいにはアンカレッジ経由は無くなったと思いますよ。

win********さん

2017/11/2014:50:26

アンカレッジ経由の便のうちヨーロッパ方面行は、アンカレッジで旅客扱いの出来ない給油のためのテクニカルランディングだったと記憶しています。
当該路線の旅客便としては、成田⇔アンカレッジ⇔JFK便しかなかったのではないかと思います。
この便は最初はパンナムのB747SPしか直行できませんでしたが、その後B747-200でも性能をアップさせたものが登場して、JALやノースウエストでも直行化させた記憶があります。

あまり年代的には正確ではないのですが、それヵらすると1980年代前半には旅客便は無くなっていたものと思われます。

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