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「我が身世にふる」の「身世」は一つの単語ですか。 小野小町の有名な和歌 ...

kai********さん

2017/11/2818:42:39

「我が身世にふる」の「身世」は一つの単語ですか。


小野小町の有名な和歌
「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに」
についての質問です。

この「身世」という言葉は一つの単語ですか、もしくは「身」と「世」の間に区切りがあるのですか。そして「ふる」は「降る」と「経る」二つの意味を持つ掛詞だから、その二つの場合、もし区切りがあったら、「我が身」と「世にふる」の文法上の関係はどう理解すればいいでしょうか。

宜しくお願いします。ベストアンサーにお礼500枚差し上げます。

補足補足:(1)「・経(ふ)」という言葉を辞書で調べると、「年」や「日ごろ」など時間を表す言葉が主語になる例が多いようです。でもここは「わが身」が主語になっているらしいです。だからちょっと納得できないような気がします。

(2)「ふる」と「ながめ」のような掛詞がある場合、二つの意味のどちらにしても文法上の完璧な解釈を得ようと私が今考えています。この考え方は間違っていますか。

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お礼:
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ベストアンサーに選ばれた回答

zhu********さん

2017/11/2819:30:27

「わが身」は主語、述語は「経る」。「世に」は「経る」にかかる修飾語。

掛詞「降る」は「長雨」と縁語。
「長雨」と「眺め」が掛詞。

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質問した人からのコメント

2017/11/29 22:33:33

はい。今十分理解できました。大変助かりました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ito********さん

2017/11/2910:08:30

「世に経る」は連語で、「この世に生きている」と訳す。
「ふる」だけ取らえると、「古る」「旧る」で古びる、ふるびて飽きられる、という意味があります。
文法上、「我が身がこの世に生きている」ことを「ながめ」る。と解釈すればいいのじゃないかな、で、主語は?自分自身なので省略しちゃったな。
文法上の完璧な解釈では、掛詞は成立しないのじゃないかな。「松」と「待つ」---。

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